日経サイエンス  2013年1月号

特集:ヒッグスの先へ

余剰次元を探る

中島林彦(編集部) 協力:村田次郎(立教大学)

 2012年7月,スイス・ジュネーブ近郊の欧州合同原子核研究機構(CERN)にある世界最強の加速器LHCを用いた実験で,万物に質量を与えるヒッグス粒子が発見された。より厳密に言えば,今のところは「ヒッグス粒子とみられる新粒子」。このようなことわりがつくのは,見つかった新粒子が標準モデルで完全に説明できるヒッグスなのか,標準モデルを包含するより基本的な理論「超対称性理論」で理解されるヒッグスなのか,よくわかっていないからだ。

 超対称性は標準モデルに登場する物質を構成する粒子と力を媒介する粒子の間を結びつける関係性だ。今回発見されたヒッグス粒子は質量が判明しているが,その値は量子力学の計算から予想される値と大きく乖離しており「階層性問題」と呼ばれる。階層性問題は重力の強さと他の力の強さとの乖離の問題でもあり,標準モデルの枠内で解決するのは非常に難しい。しかし,超対称性が存在すると仮定すれば,ヒッグスの質量について比較的無理のない解釈ができる。

 ただ,階層性問題はもう1つ別の理論によっても解決できる。余剰次元だ。私たちはこの世界を3次元空間として認識しているが,万物を説明する究極理論の有力候補,超弦理論〔素粒子は振動する微小な弦(ひも)だとする理論。超対称性も考慮されている〕によれば,実際には10次元(または9次元)で構成されていることになる。この10次元から,私たちが認識できる3次元を差し引いた7次元は余剰次元と総称され,それらは非常に小さく,10の−35乗くらいまで丸めこまれているので認識されていないという理解だ。しかし,余剰次元のいくつかは1mmを切るくらいの距離まで広がっている可能性もあり,もしそうであれば階層性問題はそもそも存在しなくなる。

 

 

再録:別冊日経サイエンス203「ヒッグスを超えて ポスト標準理論の素粒子物理学」

著者

中島林彦 / 協力:村田次郎

中島は日経サイエンス編集長。村田は立教大学教授。京都大学大学院修了後,米国立ブルックヘブン研究所,理化学研究所を経て現職。専門は素粒子・原子核物理学。余剰次元探索のための近距離重力実験に取り組む。

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