日経サイエンス  2012年9月号

特集:ヒッグス粒子

質量とは何か

中島林彦(編集部) 協力:浅井祥仁(東京大学)

 ヒッグス粒子は万物に質量を与えるとされるが,それを裏返していえば,万物は最初,質量がゼロであったということになる。素粒子物理学の歴史を振り返ると,実験と理論研究からまず最初に明らかになったのは,すべての素粒子は宇宙誕生直後,質量ゼロであった,ゼロでなければならなかったということだった。そして,そのことを踏まえて,「ではどうやって素粒子は質量を獲得したのだろう?」という問いが発せられることになった。

 この素粒子の質量問題に最初に正面から取り組んだのがシカゴ大学名誉教授の南部陽一郎で「対称性の自発的破れ」という物理学全般に影響が及ぶ基本的概念を発見した。ヒッグスらが行ったのは,南部のアイデアを深めた抽象度が高い研究だ。その研究成果を改めて素粒子物理学に持ち込み,素粒子に質量を与えると同時に,ミクロ世界を支配する3つの力のうちの2つ,電磁気力と「弱い力」(放射性元素の崩壊を起こす力)を統合したのが米テキサス大学オースティン校教授のワインバーグらの電弱統一理論だ。

 現在,標準モデルで定められているヒッグス粒子は,ヒッグスらが提唱した抽象的な粒子ではなく,電弱統一理論の枠組みに合うようにワインバーグらが“あつらえた”粒子だ。その粒子が登場するに至る理論研究の流れを遡ると,まずヒッグスらの研究があり,さらにその上流に南部の仕事がある。

 素粒子に質量を与える仕組みは実はかなり複雑だ。物質を構成する素粒子と力を担う素粒子では質量を獲得する仕組みが違い,エネルギーゼロという粒子も介在する。しかも質量の獲得は2段階になっている。また実際に質量を与えるのはヒッグス粒子ではなく,その粒子を生み出すヒッグス場の方だ。

 

 

 

「特集:ヒッグス粒子」をもっと知るには

再録:別冊日経サイエンス203「ヒッグスを超えて ポスト標準理論の素粒子物理学」

著者

中島林彦 / 協力:浅井祥仁

中島は日経サイエンス編集長。

浅井は東京大学准教授(大学院理学系研究科物理学専攻)。LHCを用いたATLAS実験の日本グループに参加,TeV領域の新しい素粒子物理の研究に取り組む。特にヒッグス粒子と超対称性粒子の探索に力を注いでいる。

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