日経サイエンス  2012年9月号

フロントランナー 挑む 第19回

樹木の命をクローン技術でつなぐ:中村健太郎

西山彰彦(日本経済新聞編集委員)

醍醐寺の枝垂れ桜,仁和寺の御室桜,陸前高田の一本松

歴史を語り,人の心を支える一本の樹木の命を

新たな苗木に受け継ぐための組織培養技術に取り組む

 

 

 蛍光灯がこうこうと輝く白い部屋。ステンレス製の棚にはビーカーや試験管がずらりと並ぶ。中には鮮やかな緑色の小さな芽や葉が息づく。住友林業筑波研究所の中村健太郎は,この培養室で数々の名木のクローンを誕生させることに成功した。 (文中敬称略)

 

 醍醐寺の枝垂れ桜,紹太寺の「瓔珞桜(ようらくざくら)」,安国論寺の「妙法桜」,仁和寺の「御室桜」。この部屋には,その遺伝子を引き継ぐ培養苗がすべてそろっている。
 京都の醍醐寺に豊臣秀吉が楽しんだ「醍醐の花見」の子孫と伝えられる枝垂れ桜の老木がある。樹齢160年。日本画家の奥村土牛が描いたことから「土牛の桜」としても親しまれる。そのかたわらに5mほどの若木が植えられている。「土牛の桜」の遺伝子を持つクローン桜だ。中村がサクラの組織培養による大量増殖に世界で初めて成功したのが,このサクラだった。

 

 

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

中村健太郎(なかむら・けんたろう)
住友林業筑波研究所主席研究員。1966年神奈川県横浜市生まれ。宇都宮大学,東京農工大学大学院で樹木の組織培養と木材組織学を学ぶ。94 年住友林業入社。インドネシアのカリマンタン島で10年間,熱帯雨林再生のための樹木増殖技術の開発に携わる。その後ジャワ島で熱帯早生樹育種プロジェクトの責任者を務め,日本の環境ビジネス開発部を兼務。99年から名木・貴重木の増殖の研究を開始。2002年主任研究員,05年資源グループリーダー。2011年から現職。

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