日経サイエンス  2012年8月号

恐怖の記憶を消す薬

J. アドラー(サイエンスライター)

 事故に遭ったり,暴力を受けたときの恐怖の記憶に長い間苦しむ人がいる。忘れたくても忘れられず,大きな音を突然聞いたことなどをきっかけに,つらい記憶が鮮明によみがえってパニックを起こすケースもある。現在は心理療法で苦しみを緩和するアプローチが中心だが,将来は薬で,つらい記憶そのものを消せるかもしれない。脳科学では記憶のメカニズムが熱心に研究されており,その知識を使うのだ。実際,ラットの実験では,記憶保持に重要な役割を果たす酵素の働きを抑える物質を投与して,記憶を消すことに成功している。ただ現時点では特定の記憶を選択的に消すことはできない。記憶を書き換えるアプローチもあり得るという。

 

*訂正 本文68ページ8行目で「負の強化」とあるのは「正の強化」の誤りでした。

 
 
再録:別冊日経サイエンス207「心を探る 記憶と知覚の脳科学」

著者

Jerry Adler

1979年から2008年にかけてNewsweek誌で上席編集者を務めた。ホーキング(Stephen Hawking)やライド(Sally K. Ride,米国の女性宇宙飛行士)の人物評から,自己評価を偏重する米国人についての特集記事まで,さまざまなテーマについて執筆している。

原題名

Erasing Painful Memories(SCIENTIFIC AMERICAN May 2012)

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