日経サイエンス  2012年7月号

フロントランナー 挑む 第17回

量子の世界を テラヘルツ光で見る:河野行雄

古田彩(編集部)

光と電波の境界にあるテラヘルツ光は

固体中の電子の振る舞いを映し出す鏡だ

その超精密測定は,隠れた量子現象をあぶり出す

 

 

 河野行雄は,「ものづくりする物理学者」である。自ら半導体を加工し,装置を組み上げ,最高の計測技術を追求する。だがその視線は,常に新たな量子現象を見据えている。「極微の計測技術は,物理学の根幹に行き着く道だと思います。最近,そこに手が届くようになってきた気がします」と柔らかく微笑んだ。 (文中敬称略)

 河野の専門はテラヘルツ光だ。波長0.1〜1mm程度の電磁波のことで,光と電波のちょうど境界領域にあり,サブミリ波とも呼ばれる。光のようにレンズで絞ることができ,電波の透過力も備えていて,物体を透視するのに向いている。空港での金属探知や爆発物検査,ICカードの偽造防止や農作物のモニタリングなど幅広い応用が期待されており,最近では実用化も視野に入ってきた。

 だがテラヘルツ光には弱点がある。ひとつは画像化した場合に解像度が低いことだ。電磁波は波長よりも細かいものは描けないため,可視光よりも波長が長いテラヘルツ光では,どうしても画面が粗くなる。もうひとつはテラヘルツ光を高感度で測定できる検出器がないことだ。テラヘルツ光は,可視光のように測るにはエネルギーが足りず,電波のように測るには周波数が高すぎる。テラヘルツ光の特性に合った検出器がないため検出感度が悪く,画像が暗くなってしまう。

 河野はテラヘルツ光のこうした弱点を解決する2つの技術を開発した。(中略)

 だが河野自身がこのデバイスを開発した動機は,そうした実用上の応用とは遠いところにある。彼が作りたかったのは,物性研究のための強力な実験ツールだ。

 

 

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

河野行雄(かわの・ゆきお)
東京工業大学准教授。1974 年福岡県生まれ。2001年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了,同大学院理学系研究科物理学専攻助手。2006年理化学研究所研究員,2011年から現職。同年にサー・マーティン・ウッド賞,日本IBM科学賞を受賞した。内外の古典文学を読むのが好き。

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