
5月21日朝,中国南部から台湾,日本を経て北米西部に至る帯状地域で金環日食が起こる。金環日食は月の陰の周りに太陽がリング状に輝く現象で,国内で起きるのは1987年の沖縄以来25年ぶり。晴天に恵まれれば九州南部から四国,関西,中部,関東,南東北に至る地域の約8300万人が目にすることになる。東京の都市部で起きるのは173年ぶり。次回は18年後の2030年6月1日,北海道で起きる。
国立天文台には金環日食の観測情報について問い合わせが相次ぎ「2003年の火星大接近以来の盛り上がり」と国立天文台天文情報センター普及室の縣秀彦室長は話す(火星大接近は火星と地球の公転運動の関係で火星・地球間の距離が一時的に狭まる現象。当時,火星は5600万kmを切るところまで地球に近づいた。今世紀最大の大接近)。地球と太陽を結ぶ直線上を月が横切る時,月の影が地球に映る。この現象を地球から眺めたのが日食だ。もし月の公転軌道(白道)が地球の公転軌道(黄道)の面内にあれば,新月のたびに日食が起きる。しかし実際には白道面は黄道面に対して約5°傾いているので,日食はそうは起こらない。また月の公転軌道は地球の公転軌道に比べて離心率が大きい(軌道がより楕円になっている)ので,地球と月を結ぶ距離は長くなったり短くなったりする。だから地球から月と太陽を眺めた時,天球上での見かけの大きさの変動は月のほうが太陽より大きく,太陽に比べて月が微妙に大きくなったり小さくなったりして見える。月が小さく見える時に日食が起きると,月で太陽を完全には覆い隠せず,太陽が月の陰からはみ出てリング状に輝く。そうした日食を金環日食といい,今回がこれに当たる。逆に月が大きく見える時に起きる,太陽を完全に覆い隠す日食を皆既日食という。皆既日食は2009年7月,国内で約半世紀ぶりに北硫黄島・硫黄島近海などで観測された。次回は2035年9月2日,北陸や北関東で見られる。
今回,金環日食が観測できるのは日本列島を横断する帯状の地域で,これを「金環日食帯」という。帯の幅は300km弱で,月の影の中心が通過するのは帯の中心線が通る地域。中心線に近い地域ほど月は太陽の真ん中を通り,金環日食帯の端に近い地域ほど,月は太陽の中心から外れたところを通る。東京の都心部や静岡市は中心線上にあるので,月の中心と太陽の中心が一致した時,非常に均整がとれた太陽のリングを見ることができる。月には山や谷があるので,月の陰の縁には微妙な凹凸がある。そのため月の陰の縁が太陽の端と重なる時(金環日食の始まりと終わりの時),月の陰の凹んだところだけ太陽光が通過してくるので,ビーズ状の光の連なりが見える。これを「ベイリービーズ」という。金環日食帯の端,例えば京都市付近などでは,月の陰の縁が太陽の端のところを通過するので,ベイリービーズの観測に適している。一方,金環日食帯の外側の地域では,太陽の一部を月が覆う部分日食が見られる。金環日食帯に近い場所ほど太陽の欠ける割合が大きくなる。欠け具合の指標は「食分」といい,太陽の視直径のどの程度の割合まで月の陰になっているかで表す。皆既日食の場合,食分は1.0だが,金環日食では太陽がリング状になるので食分は1.0にならない。食分の計算には天球上の月の中心と太陽の中心との距離も勘案されるので,金環日食の最中でも食分は増減する(食分の計算式は国立天文台暦計算室のサイトの「こよみ用語解説・日食」を参照)。例えば金環日食帯の端に当たる京都市付近では最大食分は0.940だが,金環日食帯の中心線上にある東京都心や静岡市では0.969まで大きくなる(面積比で言えば,太陽の欠け具合は京都市とほぼ同じ)。日食というと空が暗くなるイメージがあるが,それは皆既日食の場合。今回の金環日食では,食が最大の時でも面積比では約1割,太陽が姿を見せているので,人の眼では明るさの変化はあまり感じない。「空は暗くはならない。情報を知らない人だったら,外に出ていても金環食が起きたとは気が付かないだろう」(国立天文台の縣普及室長)。
直接見るのは非常に危険注意が必要なのは金環日食が起きている最中でも太陽をそのまま直視しないこと。強い可視光と近赤外光によって網膜が傷つけられ,「日食網膜症」と呼ばれる障害を起こすことがある。症状としては目の痛み,視力の低下,霧がかかるように見える,視野の真ん中に影が生じる,ものが歪んで見えるなど。症状は日食を見た直後から1日以内に現れ,数週間から数カ月,時には数年以上続くことがある。2009年の皆既日食では国内で14例の網膜障害の報告がある。海外では古くはドイツで起きた1912年の日食の際,3500人に及ぶ患者が発生したとの報告もある。特に今回は日本史上,最も多くの人が観測できる金環日食であるだけに,国立天文台や天文学関連団体,日本眼科学会,日本眼科医会などが協力,日食を安全に観察するための情報提供を全国規模で行っている。一昔前,煤をつけたガラス板などを用いた日食観測が行われていたが,現在では危険な観察方法とされる。煤ガラスや黒い下敷き,サングラスなどは可視光はある程度カットできても,不十分であったり,目に見えない近赤外光の方はカットされずに網膜を傷める恐れがあるからだ。基本は専用の日食観察グラスを用いることだが,それを使っていても双眼鏡で覗くのはいけない。双眼鏡は光を集めるからだ。日食の最中,紙などにあけた小さな穴(ピンホール)に太陽光を通したり,木漏れ日を見れば,太陽が欠けるのを観測できる。「日食観察グラスは金環食が終わっても手元に持っていてほしい」(国立天文台の縣普及室長)。6月6日,これも非常に珍しい天体現象である「金星の太陽面通過」があるからだ。太陽と地球を結ぶ直線上を金星が横切る現象で,今回を見逃すと次は2117年12月11日になる。
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