
物質をどんどん細かく分けていくと分子や原子が立ち現れ,それらはさらに微細な基本粒子からなっている──私たちが当然のように受け入れている世界観だ。肉眼で原子や素粒子を見ることはできなくても,これらはリアリティーを備えた存在に違いない。それは,モデルが自然の様々な現象と矛盾なく整合し,あらゆる実験事実がその正しさを裏づけているからだ。実験や観測で実証されたものは「実在」といえる。
ところが,現代の科学は実在の根本的な意味を問い直す概念を生み出した。この宇宙とは別の宇宙がおそらく無数に存在するという「マルチバース」の考え方だ。量子論と超ひも理論が予言する並行宇宙に,私たちは決して旅することができないし,観測も不可能だ。理論的に無矛盾だとしても,実験や観測で実証できないものを「実在」と呼んでよいのだろうか?
宇宙論研究者エリス(George F. R. Ellis)は34ページからの「マルチバースは実在するのか?」でこの問題を考察し,「実証や反証のできないものは科学の対象ではない」と主張する。一方,ひも理論の先駆者で並行宇宙の概念の発展に寄与した物理学者サスキンド(Leonard Susskind)は続く42ページからの記事で,「人間には思い描くことのできるものがあり,できないものもある。実在の本質はそうした理解を超えたところにある」と語る。
この問題は「数学は自然界に存在する真理を人間が発見したのか,それとも人間の知性の産物なのか」という長年の謎に通じる。宇宙物理学者リビオ(Mario Livio)は48ページからの「数学が世界を説明する理由」で,この点について興味深い考察を展開している。数学(数理)という“実在”はどのような実在なのか? さて,あなたはどう考えるだろうか。