日経サイエンス  2011年5月号

フロントランナー 挑む 第5回

誰も気づかなかった電子のふるまいを予言する:村上修一

古田彩(編集部)

混沌とした無秩序の中から,整然とした秩序が立ち現れる

そんな誰も気づかなかった現象を,物理の理論から予測し

スピントロニクス研究の最前線を拓く

 

 「私が電子だとします。物質中で,プラスの電荷を持つ陽子の周りを,陽子が作る電場を感じながら,グルグルと回っています」。紺色のフリースを無造作にひっかけ,どこか学生の風情を残す東京工業大学准教授の村上修一は,柔らかな声で話し始めた。「私は光速の数分の1の速さで走っています。相対性理論によれば,動いている観測者から見ると,電場はまるで磁場のように見えます。私はマイナスの電荷のほかに,磁気的な性質を決めるスピンという量を持っています。スピンは磁場と相互作用するので,私のスピンがどの方向を向いているかで,私の動きも変わってくるのです」。

 

 その違いは,物質に電場をかけた時に表れてくる。電場をかけると,自由に動ける電子は普通,電場と逆向きに動く。だが村上はそれだけでなく,電場と垂直方向に動く電子があることを理論的に見いだした。動く方向は,スピンが上を向いていれば右,下を向いていれば左という風に,スピンの向きによって逆転する。右に進む電子と左に進む電子は数が同じなので,全体で見ると電子は動かず,電流は流れない。スピンだけが移動する「純スピン流」と呼ばれる流れだ。

 

 電場によって純スピン流が表れる現象を「スピンホール効果」と呼ぶ。ホール効果とは,物質に電流を流して垂直な磁場をかけた時,両方に直交する起電力を生じる現象で,そのスピン版という意味だ。村上は2003年,共同研究者である東京大学の永長直人,スタンフォード大学のザン(Shoucheng Zhang)とともに,半導体や金属を含む様々な物質でスピンホール効果が生じることを予言した。

 

(文中敬称略)

 

 

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

村上修一(むらかみ・しゅういち)
東京工業大学大学院理工学研究科教授。 1970年神奈川県横浜市生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程に在学中,同大学院工学系研究科助手に就任して中退。99年理学博士号取得。2000年米スタンフォード大学客員研究員。2007年から現職。休日は「2人の子どもと遊んでます」。

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