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生物学
仲良し二重らせん
薄気味の悪い遠隔作用,かもしれない。同じ配列のDNA二重らせんどうしは,案内役の分子なしに,距離を隔てたところから互いを認識し,寄り集まる。
DNAの塩基が引き合うのは驚くにあたらない。塩基対は右手と左手のように相補的な関係にあり,アデニンはチミンと,シトシンはグアニンと結合する。ただし,いったん二重らせんの形に結合すると,これらの塩基は強く帯電した糖とリン酸塩の糸の陰に隠れてしまう。
だが,ロンドン大学インペリアルカレッジと米国立小児保健発達研究所(NICHD)の科学者たちは,同じ配列のDNA二重らせんどうしが集まりやすいことを発見した。最高で3nm離れていても,配列の異なるDNAどうしの場合と比べると,2倍の確率で寄り集まる(ちなみにDNA二重らせんそのものの太さは2nmほど)。
それぞれのDNAを構成する塩基のせいで二重らせんがねじれるのだと,研究チームは推測している。帯電している糖やリン酸基は他のDNA二重らせんについている糖やリン酸基と反発するものの,同一配列の二重らせんは同じねじれカーブになる。そのため,どの二重らせんDNA分子も互いにある程度は反発するが,ねじれ方が同じものは互いにフィットしやすく,似たものどうしが集まりやすくなる。
この引き寄せ合いは,DNAの複製が起こる際に遺伝子断片が適正に整列して,DNAを注意深く組み立てるのに役立っているのかもしれない。また,がんや老化の原因となる遺伝子複製ミスを防いでいる可能性も考えられるだろう。Journal of Physical Chemistry B誌1月31日号に掲載。
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墓碑銘
科学界にも大きな影響
アーサー・C・クラーク(1917〜2008)
パジャマの上にバスローブをはおり,ふくれあがった片足をオットマンに載せて……。私がSCIENTIFIC AMERICANの同僚編集者数人といっしょにクラーク(Arthur C. Clarke)に会ったとき,この崇敬されるSF作家はそんな格好だった。1999年10月,移住先のスリランカから滅多に出ないこの人が,医師の診断・治療を受けるためにニューヨークを訪れていたときのことだ。
クラークは私たちを由緒あるチェルシー・ホテルの一室に招いた。1960年代半ばに彼が最高傑作『2001年宇宙の旅』を執筆した部屋だ。その部屋で彼は私たちを,室温核融合を真剣に取り上げていないとして厳しく叱った。当時すでに室温核融合の信奉者はわずかしか残っていなかったが,クラークはそうした少数の人たちの実験から革命的な発見がまだ生まれうると信じていた。未来技術の可能性に対する彼の楽観的姿勢は,かの有名な「クラークの三法則」に体現されている。三法則の1つは「十分に進歩した科学技術は魔法と見分けがつかない」と述べる。
彼は1945年のWireless World誌に,半径4万2000kmの赤道軌道(高度約3万6000km)を周回する衛星は地上から見ると同じ場所にとどまり,そうした衛星が3つあれば電波信号を地球のどこにでも中継できると書いた。この考え方自体は以前からあったが,クラークはそれを一般に広く知らしめた(1945年といえば人工衛星以前の時代だ)。静止軌道に通信衛星が初めて打ち上げられたのは1964年のこと。
ポリオ後症候群を患い,呼吸障害にも悩まされていたと伝えられる。3月18日に死去,90歳だった。フィクションおよびノンフィクションの著作が多数,多くの賞を受賞。彼の名を冠した小惑星と軌道(「クラーク軌道」,静止軌道のこと),恐竜種がそれぞれ1つ,賞がいくつかある。
多くの科学者と宇宙飛行士,物書きたちが,彼に触発されて現在の仕事を選んだと述べている。彼の影響は,いうなれば「魔法と見分けがつかない」ものだった。
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