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適応
ハンチントン病の利点
子だくさんで,がんになりにくい──有利な特質をもたらしているのかも
過去35年間に,ハンチントン病について奇妙な発見がいくつかあった。まず,この神経障害の患者はがんになりにくいこと。そして,平均よりも子だくさんな傾向があることだ。患者の兄弟姉妹でハンチントン病ではない人に比べると,子どもの数は約1.24倍になるという。
これらの発見は病気とは一見無関係で,どう関連しているのかは不明だが,タフツ大学の研究グループがある仮説を提唱した。ハンチントン病に関係するタンパク質の1つが,皮肉にも患者にわずかな健康上の利益をもたらしているという。
ハンチントン病では運動制御と認知に関連する「新線条体」という脳領域のニューロンが破壊される。この結果,患者は運動を制御しにくくなり,認知や感情面で一連の問題を抱えるようになる。原因はhuntingtin(ハンチンチン)という遺伝子の変異で,変異遺伝子は配列の重複が増えて通常よりもかなり長くなっている。huntingtin遺伝子の長さは通常の人口集団のなかでもさまざまだが,ある特定の長さを超えると問題が起きる。その長さは症状の程度にも影響する。
変異遺伝子とp53タンパク質
この変異がなぜニューロンを死滅させるのか詳しくは不明だが,p53というタンパク質が関係していることが,これまでの研究から示されている。
p53タンパク質にはいろいろな働きがあり,細胞の分裂や死滅の時期を調節しているほか,新たな血管を作り出す時期をコントロールしている。ハンチントン病患者の場合,p53の血中濃度が通常よりも高いほか,変異huntingtin遺伝子が作るタンパク質にp53が結合することもわかっている。さらに,この変異を持つ動物は,体内でp53を作れる場合にのみ,ハンチントン病を発症するようだ。
「p53とハンチントン病の関連は非常に重要だ」とジョンズ・ホプキンズ大学で分子精神医学プログラムの責任者を務める澤明(さわ・あきら)はいう。
がん抑制と免疫強化
p53がさまざまな機能を発揮していることから,タフツ大学の生物学者スタークス(Philip Starks)とその学生エスケナージ(Ben Eskenazi)とウィルソン=リッチ(Noah Wilson-Rich)は最近,ハンチントン病患者ががんになりにくく子だくさんなのはp53の増加が原因ではないかと考えた。
「この変異遺伝子を持つ人はp53濃度が高く,がん発症率が比較的低いことを示す公表ずみデータをエスケナージが見つけたとき,私たちは『なるほど,わかったぞ』と思った」とスタークスは説明する。p53は細胞分裂を調節しているから,がんを抑える働きがあり,p53が多いとがんのリスクが下がると考えてもおかしくはないという。
また,p53は免疫にも関係しているようなので,スタークスらはハンチントン病患者では生殖可能な時期に免疫機能が高まっているのだろうと考えた。とすれば,子どもの数が多くなることに説明がつく可能性がある。「免疫系の働きが強いと生殖の成功につながると考えてよい」とセントラルフロリダ大学の進化生物学者フェドルカ(Kenneth Fedorka)はいう。
ただ,免疫と生殖成功の関係は複雑であり,p53によって誘発された免疫の変化が実際にハンチントン病患者の多産に結びついているのかどうかを解明するには,さらに研究が必要だ。いずれにせよ,いくつかの調査研究が示すようにハンチントン病の発症数が徐々に増えているのは,この病気の患者が子だくさんであるという傾向によって説明がつくかもしれない(単に医師の診断技術が向上しただけだという説もある)。
拮抗的多面発現?
スタークスらは,ハンチントン病が「拮抗的多面発現」の一例だと考えている。拮抗的多面発現とは,ある遺伝子がその生物に相反する作用を発揮する状況のことだ。
「ハンチントン病患者を衰弱させる病原性タンパク質の集合体が,病気を発症する前の人生の最盛期には,むしろ体を強くして生殖を成功しやすくしているのかもしれない」とエスケナージはいう。悪影響が出るのは生殖可能時期が終わってからだから,この変異は世代を超えて受け継がれていく。
しかしこれは大胆な推測だ。生殖可能な年齢を迎える前や最中にハンチントン病を発症する人も多いと,アイオワ大学ハンチントン病センター所長のポールセン(Jane Paulsen)はいう。発症年齢の平均は39歳だが,変異の程度によって2歳から82歳まで幅がある。「この議論は,患者のうち未発症期と生殖可能期がたまたま重なったごく一部の集団にしか当てはまらない」とポールセン。
さらに,ハンチントン病が完全に進行するのは人生後半になってからだとしても,変異遺伝子を持つ人はハンチントン病と診断される何年も前にうつや認知障害など精神的な変化を示すことが多いと,英ケンブリッジ大学の分子神経遺伝学者ルビンスツァイン(David Rubinsztein)はいう。こうした変化が,子どもを持つかどうかの判断や生殖能力に影響しているかもしれない。「ハンチントン病患者が多産であるという説に,私は完全には納得できない」。
スタークス自身も,Medical Hypotheses誌2007年11月13日号に発表したモデルが推測の域を出ないと認めている。だが,p53の高値をがん発症率の低さと多産傾向に結びつけるアイデアは,さらなる研究を誘発するだろうと期待する。ポールセンも,このモデルが間違いだったとしても,関心が高まるのは確実で,それはよいことだと賛同する。
「挑発が科学に果たす役割とは何か?」とポールセンは問う。理想的には「それは科学を進歩させること。仮説というのは,そのためのものだ」。
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生物学
真菌カウボーイ
1億年前の琥珀のなかから,これまでで最古の肉食菌類が見つかった。この真菌,どうやら粘着性の輪を使って虫を捕らえていたらしい。現代の肉食菌類には収縮する輪などの突起があり,これによって獲物をつかまえているが,こうした“投げ縄”がいつ進化したのかははっきりしていなかった。
太古に海沿いの熱帯林だった南西フランスから発掘された琥珀に,真菌の化石と,その獲物とみられる線虫が含まれていた。この肉食菌類は枝分かれした糸状の構造を持ち,その糸には小さな輪がついている。輪には微粒子が付着しており,これらの輪が粘着性だったことをうかがわせる。
輪の近くに何匹かの線虫が見つかり,線虫の直径と輪の直径がほぼ一致していたことから,線虫は真菌の獲物であったと思われる。投げ縄にかかった線虫の体内に真菌の糸状組織が侵入し,線虫をむさぼり食ったのだろうと,独フンボルト大学(ベルリン)などの科学者たちは推測している。肉食菌類の起源はかなり古いようだ。Science誌2007年12月14日号に掲載。
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知覚
凝視する脳
身体醜形障害(BDD; Body Dysmorphic Disorder)の患者は自分自身を醜いと感じる。わずかな異常に目が行き,実際には存在しない欠陥があると思い込むこともあり,何度も整形手術を受けたり自殺傾向が高まったりする。こうした歪んだ自己イメージがなぜ生じるのだろう。外見を重視する社会のせいだけではなく,視覚に関係する脳にちょっとした異常があって世界が本当に違って見えているらしい。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の科学者たちが,顔のデジタル画像を映すゴーグルを12人の身体醜形障害患者に装着して調べた。映像は未加工の写真や線画か,しみやしわなどの細部をぼかした画像のいずれかだ。
機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で脳の様子を見たところ,この障害を持つ人は通常よりも脳の左半分を使うことが多いことがわかった。左脳は複雑な細部の認識に適した部分だ。この発見は将来,顔をより正確に知覚するよう脳を再教育するのに役立つかもしれない。Archives of General Psychiatry誌2007年12月号に掲載。
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