日経サイエンス

日経サイエンスは米国の科学雑誌「SCIENTIFIC AMERICAN」の日本版です。

CONTENTS


メールニュース会員登録(無料)
モバイルマガジンのご案内
定期購読のご案内
SCIENTIFIC AMERICAN
バックナンバーのPDF販売

    NEWS SCAN
    毒性
    バイ菌の宇宙旅行
    宇宙帰りの菌は以前よりも毒性が強くなる──その理由は…


    宇宙旅行帰りのサルモネラ菌は以前より毒性が増すというニュースが,先ごろ大きく報じられた。SFスリラーのようだが,実はこうした一時的変化は細菌が新しい環境に遭遇したとき普通に起こるものだ。ロケットの力を借りずとも,同様の例は過去にもある。
    「細菌が宇宙で突然変異を起こしたわけではない」と強調するのは,アリゾナ州立大学のニッカーソン(Cheryl Nickerson)だ。細菌培養フラスコを2006年9月にスペースシャトルにのせ,その結果を米国科学アカデミー紀要に報告した研究チームを率いた。宇宙環境によって「細菌が自らの遺伝子の発現を調整する仕方が全体的に再プログラムされ」,さまざまなタンパク質の濃度も再調整されて,以前と異なる状態に細菌が適応できるようになったという。
    無重力状態が直接のきっかけではない。微生物はごく小さく,そこにかかる重力は,水気の多い周囲の環境から常に受ける力に比べれば取るに足らない。しかし,重力やその他の擾乱がないので,培養フラスコ中の液体は非常に穏やかになる。ニッカーソンらは以前,この「低剪断(せんだん)流体」培養環境を実験室内で模擬した。垂直円盤を緩やかに回転させ,細菌を浮遊状態に保つ方法だ。2000年には,サルモネラ・ティフィリウム(人間には食あたりをもたらす程度だが,マウスには致命的な腸チフスの原因となる)という細菌が,この模擬微小重力環境のなかで育った後に毒性が強まることを発見していた。

    静かな流体環境で変化が

    そこで宇宙で同じことが起こるかどうか確認するため,スペースシャトルでサルモネラ菌を培養すると同時に,ケネディ宇宙センターに微小重力以外の条件をシャトルと同じにした容器を置いて培養した。シャトル帰還から数時間以内に,それぞれの細菌をマウスに接種して比較し,宇宙帰りの菌のほうが毒性が約3倍強いことを確認した。
    共同研究者のウィルソン(James Wilson)は,167の遺伝子について発現(DNAのRNAへの転写)がかなり異なることも発見したという。このうち1/3という「圧倒的な」割合の遺伝子が,HfqというRNA結合タンパク質に応答した。また,これらの遺伝子の多くは,サルモネラ菌が「バイオフィルム」を形成するときに働いた。バイオフィルムは細菌が抗生物質や免疫系の攻撃に対抗するための丈夫な複合体だ。ウィルソンは「私たちが目にしていたのは,バイオフィルム形成の初期段階だったのかもしれない」という。

    腸のなかにも似た環境が

    細菌の個性には見かけよりもずっと劇的な変化が起こっているかもしれないと語るのは,今回の研究には参加していないカルガリー大学(カナダ)のサレット(Michael Surette)だ。彼はサルモネラ菌などの細菌の遺伝子発現を研究しているが,宇宙では培養器に撹拌されない部分が生じ,これらが異なる環境条件になると考えている。全体的に見ると,こうした孤立部分での変化は紛れてわからなくなってしまうだろう。
    毒性の増大が宇宙飛行士の脅威になるかどうか,いまのところ何ともいえない。しかし,ニッカーソンは「この低剪断流体培養環境が,細胞が感知・応答できる重要な環境であることは明らかだ」という。消化管や生殖管の隅でも似たような低剪断環境が生じるので,ニッカーソンはHfqを目印にしてサルモネラ菌を叩けば感染を遅らせることができるだろうとみる。そうなれば,風変わりな宇宙実験の成果が地上の患者救済に役立つわけだ。「生物の働きを理解するうえでの大きな進展のいくつかは,生物系を極限環境に置いて研究することによって達成されてきた」。

    インデックスへ戻る

    認知
    動物に注目


    本物のインパラ(アフリカにいる大型のカモシカ)を見つけるのは,自動車のシボレー・インパラを注視するよりも簡単らしい。
    ヒトは進化の過程で,捕食動物と獲物,仲間のヒトに目を光らせるのが生死を分かつ重要事項だった。そこである研究チームは,現在の人間も無生物より動物に多くの注意を払うのではないかと考えて調べた。被験者に2枚1組の風景写真をちらっと見せる。2枚は1カ所だけが違えてある。
    その違いが動物(人間も含む)に関する場合,写真の隅で背景に紛れていても,被験者たちは違いが無生物に関する場合よりも,かなり速く正確に見分けた。さらに,違いが自動車に関する場合も,この結果は同じだった。被験者はおそらく,自動車の進行方向の変化が自分の命にかかわる重要事項だと何年も気をつけてきたと思われるが,やはり動物の違いのほうに速く気がつく。
    狩猟採集生活を送っていた私たちの祖先が視覚的に何を優先してとらえていたかは,現代では役立つ機会がめっきり減ったものの,現代人の脳にも埋め込まれたままになっているらしい。米国科学アカデミー紀要オンライン版2007年9月24日号に報告。

    インデックスへ戻る

 
Copyright NIKKEI SCIENCE Inc., all rights reserved