日経サイエンス

日経サイエンスは米国の科学雑誌「SCIENTIFIC AMERICAN」の日本版です。

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    NEWS SCAN
    ビッグイベント
    2007年のノーベル賞決まる
    ノックアウトマウス,巨大磁気抵抗,固体表面の化学反応
    現代のハイテクを支える基礎科学成果の受賞に誰もが納得だ


    【生理学・医学賞】

    ユタ大学のカペッキ(Mario R. Capecchi,70),英カーディフ大学のエバンズ(Martin J. Evans,66),ノースカロライナ大学チャペルヒル校のスミシーズ(Oliver Smithies,82)に贈られる。この3人の研究が結びつき,ノックアウトマウス(遺伝子欠損マウス)が誕生した。遺伝子の機能を調べる研究やヒトの病気のモデル動物など,ノックアウトマウスは生物学や医学の分野で大活躍している。今回の受賞は遅すぎたくらいだ。
    よく似た技術にトランスジェニック(遺伝子導入)マウスがある。こちらは導入したい遺伝子を加えるだけなのに対し,ノックアウトマウスではそのマウス本来の遺伝子と人為的に改変した遺伝子を入れ換える。このため技術的にも難しく,トランスジェニックマウスの誕生からノックアウトマウスの登場までに約10年がかかっている。
    カギとなる技術は,狙った遺伝子に的を絞って置き換える「遺伝子ターゲティング」。塩基配列がよく似ていれば,ある確率で置換が起きる「相同組み換え」という自然の現象を利用した技術だ。カペッキは,まず哺乳類の培養細胞で遺伝子ターゲティングを実証した。一方のスミシーズは遺伝子治療を目指して研究していた。機能しない変異遺伝子を正常な遺伝子と置き換えることで病気を治そうとしたのだ(機能する遺伝子に置き換える場合,ノックアウトではなくノックインと呼ぶ)。
    ただ,ここからが大変だった。トランスジェニックマウスの場合,受精卵に遺伝子を入れるが,遺伝子ターゲティングはそれほど効率が高くはない。そこでカペッキらは,培養で増やせる胚性幹細胞(ES細胞)の利用を思いついた。1981年にマウスのES細胞の単離・培養に成功していたのが,もう1人の受賞者,エバンズだ。
    狙い通りの相同組み換えを起こしたES細胞だけを選別できるようにあらかじめ工夫しておき,できたES細胞を増やしてマウスの初期胚に入れ,代理母の胎内に戻す。生まれてくる子マウスは2種類の細胞(もとの初期胚の細胞と後から入れたES細胞由来)からなるキメラマウスとなる。最終目標のノックアウトマウスは,このキメラマウスの孫の代になって初めて誕生する。
    このようにノックアウトマウスを作り出すのには大変な手間がかかる。にもかかわらず多種多様なマウスが作られたのは,その有用性を示す何よりの証拠といえるだろう。

    【物理学賞】

    1988年に巨大磁気抵抗効果(GMR)を発見した仏パリ南大学のフェール(Albert Fert,69),独ユーリヒ固体物理研究所のグリュンベルク(Peter Grünberg,68)に贈られる。GMRはわずかな磁場によって物質の電気抵抗が大きく変わる現象で,現在のハードディスク読み取りヘッドがこれを利用しているのはご存じの通り。携帯音楽プレーヤーiPodなども,この高性能ヘッドのおかげだ。
    フェールは1970年代から強磁性合金の電気伝導を研究,グリュンベルクは磁性膜の成長方法の改善に取り組んでいた。磁性体の薄膜を積み重ね,外部磁場によってその磁化の向きを変えると大きな磁気抵抗効果が生じるとの理論的見通しのもと,グリュンベルクは鉄・クロム・鉄の3層構造で,フェールは鉄とクロムを交互に数十層重ねた多層膜で,それぞれ独立にGMRを発見した。
    GMRを利用した初の読み出しヘッドが世に出たのは1997年。発見から10年足らずで実用製品に結びついた。以降,GMRヘッドはハードディスク装置の“定番技術”として私たちの身の回りにも広く浸透している。磁性は電子のスピン(自転にたとえられる性質)がもとになっており,2人の発見は現在活発に研究が進む「スピントロニクス」と呼ぶ分野を切り開いた意義も大きい。磁性半導体やスピン注入の研究が進み,磁気抵抗メモリー(MRAM)など新デバイスの開発も盛んだ。
    ノーベル財団のウェブサイトでは,磁性半導体の可能性を実証し,磁性半導体から通常の半導体へのスピン注入を実現した東北大学の大野英男(おおの・ひでお)教授の名前を挙げている。また,電子がスピンの向きをそろえたまま物質中をどれだけ伝わるかも素子開発の重要なポイントで,この領域の研究としてカリフォルニア大学サンタバーバラ校のオーシャロム(David. D. Awshalom)の業績を紹介している(彼はスピン素子を利用した量子計算も構想しており,本誌次号で詳しく紹介する)。
    日本は磁性研究に伝統があり,酸化物が示すコロッサル磁気抵抗効果(CMR)の研究などで知られる東京大学の十倉好紀(とくら・よしのり)教授ら,有力研究者が多い。いずれこの分野から再び受賞者が生まれるだろう。

    【化学賞】

    オゾン層破壊と自動車排ガス浄化,化学肥料製造,半導体素子製造や燃料電池──。いずれも現代社会を考えるうえで重要なテーマだが,関連性は薄いように思える。だが,それぞれのプロセスは基本的には同じ,つまり固体表面での化学反応によっている。例えばオゾン層破壊では成層圏の氷晶表面での反応による塩素(オゾンを破壊する)発生が重要であり,自動車排ガス浄化では白金表面などが,化学肥料製造では鉄表面が反応の場となる。これら固体は触媒としての役割を果たす。
    化学賞は,こうした固体表面での化学反応を原子・分子レベルで解明し,学術から産業まで幅広い分野に貢献をした独マックス・プランク研究協会フリッツ・ハーバー研究所名誉教授のエルトゥル(Gerhard Ertl,71)に贈られる。研究所に冠されたハーバー(Fritz Harber)もドイツの化学者。化学肥料原料のアンモニア合成を可能にしたハーバー法を開発,1918年にノーベル化学賞を受賞した。
    同法は鉄を固体触媒に用いた反応で,産業応用は早くから進んだが,詳しい反応の仕組みは長らく謎だった。それを明らかにしたのがエルトゥルの研究グループで,1984年のこと。アンモニアの原料となる窒素分子と鉄表面との相互作用を直接観察し,鉄と窒素分子との結合によって窒素原子どうしの結合が弱まることを見いだした。今回の受賞は,ドイツ化学の伝統が生んだものともいえる。

     

    日本の賞,大当たり!
    物理学賞のフェールとグリュンベルクは今年度の,化学賞のエルトゥルは1992年度の日本国際賞(国際科学技術財団)を受賞している。また,生理学・医学賞のカペッキは96年度の京都賞(稲盛財団)の受賞者だ。
    残念ながら日本人科学者の受賞はなかった今年のノーベル賞だが,日本発の国際賞が“一矢を報いた”格好?
     
    受賞テーマをもっと知るには…
    「遺伝子ターゲティング」M. R. カペッキ,1994年5月号
    「超高密度記録をひらくスーパー磁気センサー」S. A. ソーリン, 2004年10月号
    「スピントロニクス 電子技術を飛躍させる新戦略」D. D. オーシャロムほか,2002年9月号
    「分子レベルで見た固体表面の触媒反応」C. M. フレンド,1993年6月号

     

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    行動
    リスの熱いしっぽ


    子リスを狙ってヘビが近づいてきたとき,親リスはふさふさした尾の温度を上げて,赤外線に敏感なヘビを追い払うことができる。毒ヘビに対抗することで知られるカリフォルニアジリスの成体にガラガラヘビが近づいたときの様子を赤外線ビデオで撮影したところ,尾の温度が数度上がることがわかった。ガラガラヘビは鼻にある「孔器」という器官でこの赤外線を検知する。
    ところが,そうした熱検知機能のないインディゴヘビと対峙した場合には,リスの体温は上がらなかった。また,剥製のリスの尾を人工的に熱して振り動かしたところ,ガラガラヘビは防御の構えを示した。
    動物が他の動物と赤外線によって情報交換している例を特定したのはこの研究が初めてで,米国科学アカデミー紀要オンライン版8月13日号に報告された。ただし,リスの防衛策が必ず成功するというわけではない。以前の別の研究によると,ガラガラヘビの餌の70%は子リスだ。

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