別冊234 NEW!

最新免疫学 がん治療から神経免疫学まで

中西真人 編

2019年8月23日 A4変型判 27.6cm×20.6cm 128ページ ISBN978-4-523-51234-7

2,000円+税

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免疫システムのブレーキ役として働く分子の解明が,免疫チェックポイント阻害剤「ニボルマブ」(商品名「オプジーボ」)の誕生につながり,本庶佑・京都大学特別教授が2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しい。免疫システムは感染から身体を守るだけでなく,健康を維持するために全身の組織や器官で働いていることがわかってきた。この別冊では近年の免疫研究を中心に,免疫システムの解明や医薬開発を紹介。さらに免疫と脳のかかわりなど新しい分野にも焦点を当てる。

中西真人 編

まえがき
新しい免疫学への招待  中西真人

 

第1章 がんの免疫療法

がん免疫療法 3つのアプローチ  K. ウェイントラーブ

免疫の「ブレーキ」解除でがんをたたく  J. D. ウォルコック

免疫抑制分子PD-1が拓いたがん治療薬への道  出村政彬

CAR-T細胞でがんを攻撃  A. D. ポージー/C. H. ジューン/B. L. レバイン

 

 

第2章 ワクチン開発の課題

インフルエンザの不思議 抗原原罪  A. J. クチャルスキ

万能型のインフルエンザワクチン  D. F. マロン

デング熱ワクチンの混迷 抗体依存性感染増強  S. ヤスミン/M. ムカジー

ついに見えた HIV予防ワクチン  R. W. サンダース/I. A. ウィルソン/J. P. ムーア

 

 

第3章 自然免疫と炎症

体を守る苦味受容体  R. J. リー/N. A. コーエン

炎症反応の指揮者 インフラマソーム  W. Z. メハル

免疫系が脳を動かす  J. キプニス

自然免疫を刺激?疫学データが示す可能性  M. W. モイヤー

清潔すぎる実験用マウス  SCIENTIFIC AMERICAN 編集部

 

 

第4章 自己免疫疾患

自己抗体で病気を予測する  A. L.ノトキンス

知られざる自己免疫疾患 セリアック病  A. ファサーノ

グルテンなしの小麦?  SCIENTIFIC AMERICAN 編集部

食物アレルギー検査の落とし穴  E. R. シェル

1型糖尿病ワクチン 衛生仮説が示す可能性  K. M. ドレッシャー/S. トレイシー

制御性T細胞の発見  永田好生

バイオ医薬品のハードル 薬を排除する免疫  M. ウォルドホルツ

 

 

 

 

 

 

まえがき
新しい免疫学への招待  中西真人

 

 別冊日経サイエンスではこれまで,分子生物学・細胞生物学・微生物学といった生命科学領域の基礎研究の話題や,その成果の上に花開いた先端医療の現状を取り上げてきた。今回の別冊日経サイエンス234『最新免疫学 がん治療から神経免疫学まで』では,基礎的な生命科学研究と先端的な医療の双方に大きなインパクトをもたらしてきた免疫学の最新の成果をご紹介する。

 「免疫学(Immunology)」という言葉を聞くと,予防接種を思い浮かべる人も多いだろう。日本語の「疫を免れる」という字義のとおり,免疫学と感染症はとても深い関係にある。英語のImmunity(免疫)という単語の起源は14世紀のペストの大流行にまで遡るのだそうだ。近代免疫学は18世紀末のジェンナーによる天然痘ワクチン(種痘)の開発から始まった。加えて,研究対象が主に高等生物(ヒトやマウス)であるため,免疫学の研究室の多くは医学部に設置されている。この点が,生物学の他の領域とはやや違う点で,免疫学の授業を受ける機会が少ない他学部の出身者にとってはやや敷居が高いところでもある。

 免疫学のもうひとつの特徴は,登場する細胞や分子の種類がやたらに多いうえ,アルファベットの符丁が頻繁に飛び交うことで,これもまた,他の領域の研究者が免疫学に挑戦しようとする時のハードルとなっている。昔々,編者がまだ大学院に進学したばかりの頃,免疫学のセミナーを聞きに行って,交わされる会話の内容がほとんど理解できなかったのを思い出す。当時は「PBMC」という単語も知らない初心者だったので無理もないのだが,免疫学を専攻にしなくてよかったと思ったものだ。ちなみに,PBMCは,血液を比重で分画して得られる「末梢血単核球(Peripheral Blood Mono-nuclear Cell)」の略で,ざっくりと言うと白血球に近い。

 しかし,免疫学の複雑さと奥の深さが研究者を魅了し続けてきたのもまた事実であり,幹細胞,細胞分化,細胞間や細胞内のシグナル伝達,ゲノムDNAの組み換え,アポトーシスによる細胞死など,免疫学の研究がきっかけとなった生物学の概念も数多い。免疫学は難しいからと避けていたのでは,魅力的な科学の側面に触れる機会をみすみす逃してしまうことになる。そこで本書では,難解な符丁も専門用語も使わずに,免疫学のエッセンスと最新の成果を紹介してくれる記事を厳選してお届けすることにした。

 抗体医薬品は,免疫学の応用例として最も有名なもののひとつだろう。現在,日本では,抗がん剤と抗炎症薬を中心に70品目以上の抗体医薬品が認可されている。また,世界の医薬品の売り上げ上位10品目のうち,抗体医薬品が過半数を占めるまでになった。日本の企業は1990年代に特許戦争に敗れていったん抗体医薬品の開発から撤退したため,世界に大きく後れをとることとなったが,日本発の「チェックポイント阻害剤」(抗PD-1抗体)はがん治療に画期的な進歩をもたらし,発見者の本庶佑京都大学特別教授が2018年のノーベル生理学・医学賞の栄誉に輝くなど大きな注目を集めている。免疫学の応用例には他にも,最近,日本でも承認された「CAR-T療法」がある。現時点では治療の対象は一部の血液腫瘍に限られているものの,その奏功率の高さから,高額な医療であるにもかかわらず異例の早期承認となった。第1章「がんの免疫療法」では,チェックポイント阻害剤を含む抗体を使った治療法やCAR-T療法など,免疫学を応用して開発されたがん治療の現状をご紹介する。

 免疫学の原点とも言えるワクチンの開発は,天然痘や麻疹などでは既に技術的に確立し,天然痘は1980年までに完全に制圧されるなど大きな成果を収めてきた。一方で,インフルエンザ,デング熱など,まだワクチン技術が確立していない重篤な感染症も多い。これらの疾患で既存のワクチンの効果が不十分である理由は,ウイルスゲノムの突然変異によるタンパク質の構造変化が大きく,宿主の免疫による攻撃を逃れているからだと考えられてきた。しかし,これだけでは実際の流行のパターンや重篤化は説明できず,最近は,病原体に対する人間の免疫応答の特性が関わっているのではないかとする説も有力になっている。第2章「ワクチン開発の課題」では,免疫学からのアプローチによって進められているワクチン開発の現状を取り上げる。

 長らく免疫学の王道であったワクチンや抗体は,各個人が成長につれて身につけていく「獲得免疫」に関係している。一方,生体は,病原体をその分子レベルの特徴によって異物として認識して迅速に排除する能力を生まれつき持っている。これが「自然免疫」である。自然免疫は無脊椎動物から脊椎動物まで広く存在するのに対し,獲得免疫は脊椎動物にしか観察されず,進化の過程で出現した能力と考えられている。自然免疫や炎症といった現象は,獲得免疫に比べて研究が遅れていたが,近年の分子生物学や細胞生物学の進歩により急速に解明が進み,がんの抑制など生体の恒常性維持にも関わる重要な機能であることがわかってきた。2011年には,線虫の自然免疫系であるToll様受容体を発見したホフマン(Jules A. Hoffman)と,そのヒトでの機能を解明したボイトラー(Bruce A. Beutler)がノーベル生理学・医学賞を受賞している。さらに,味覚の受容体や神経との連携など,これまでは免疫とは関係ないと思われてきた研究分野とも密接な関連があることまで明らかになり,今,最もホットな分野とも言える。第3章「自然免疫と炎症」では,この分野の最新の情報をわかりやすく紹介した記事を取り上げた。

 免疫は本来,外部から侵入してきた病原体を異物として認識し排除する仕組みである。しかし,さまざまな原因でその刃が自分の体の成分に向けられると,自己免疫疾患が引き起こされる。研究の進展により,これまでは原因が不明であった炎症性疾患のうち多くのものが,自己免疫疾患に分類されるようになってきた。興味深いことに,公衆衛生の進歩により感染症のリスクが低下するのと反比例して自己免疫疾患が増加する傾向にある。このため,病原体を攻撃するのに忙しかった免疫系が暇になって,間違って自分の体を攻撃してしまうのではないかと考えられている。今後は,「制御性T細胞」を利用して免疫系の機能を調節し,自己免疫疾患の治療につなげるアプローチが重要になってくるだろう。第4章「自己免疫疾患」では,食物に対するアレルギーも含め,免疫系によって引き起こされる疾患の研究の現状を紹介する。

 今回もいろいろと欲張って,盛りだくさんの内容になった。この本は,免疫学の最新情報に興味を持つ読者に広くお薦めしたい。また,日々多数の患者さんの診療に追われて,「PD-1? 聞いたことはあるけど……」とつぶやかれている専門外の臨床医の先生方にも,最先端の免疫学に気楽に触れる機会となれば幸いである。

2019年8月

中西真人(なかにし・まひと)
ときわバイオ株式会社取締役,国立研究開発法人産業技術総合研究所・創薬基盤研究部門・ヒト細胞医工学研究ラボ長。理学博士。1983年大阪大学大学院理学研究科を修了。大阪大学細胞工学センター助手,大阪大学微生物病研究所助教授を経て,2001年に産業技術総合研究所へ。この間,1984年から88年まで日本学術振興会海外派遣特別研究員(テキサス大学ダラス健康科学センター),1993年から96年まで新技術事業団さきがけ研究21研究員を兼務。専門は分子生物学・細胞工学。RNAを使って細胞質で持続的に遺伝子発現を可能にする世界で唯一の技術を開発し,これを応用したiPS細胞作製技術の特許が日本と米国で登録された。2014年12月,ベンチャー企業「ときわバイオ株式会社」を設立。日本発の技術を使った安全な遺伝子治療や再生医療の実現を目指している。