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別冊216 前書き

逃げなかった水──ブームの先の未来へ

竹内郁雄(東京大学)

 現在,人工知能(AI)は第3次ブームだと言われている。

 一般にAIと称されるものは,それが技術的に実現されたら,AIと呼ばれなくなるという現象がある。これをAI効果と呼ぶが,私は昔これを「AIは永遠の逃げ水」と表現していた。水があると思って近づいたら,もっと先に水があるように見えるというわけだ。

 私事で恐縮だが,私はAIの第1次ブームに陰りが見えた1970年からAIに関わりはじめた。しかし早い段階で,本流ではなく,AIを支えるプログラミング言語やシステムの研究のほうに走った。もっとも,そのときも将来囲碁のプログラムを作るための研究だとうそぶいていた。結局その夢は果たせず,中年老いやすく,学成り難しだった。回り道しても水は逃げる。

 ところが,今回,どうも一部逃げない水が見つかったようなのだ。巨大なニューラルネットワークを利用したディープラーニング(深層学習)に技術的なブレークスルーがあり,作った研究者にもどうしてそんな判断をしたかの詳細説明ができないような認知判断をするシステムが出現しはじめた。子供が自分の才能を超えたことを知って驚く親の気分だろう。

 コンピューターサイエンス(計算機科学)とは実は奇妙な言葉で,コンピューターという,人間が工学的に生み出した人工物を科学する学問を指す。これは多分歴史上なかった「サイエンス」の使い方だろう。しかも,コンピューターが巨大なネットワーク,つまりインターネットを構成してからは,その上で現れる現象はもはや工学の対象というより,科学の対象になってきている。ウェブサイエンスだ。こうして,人間が作ったものを「科学的に分析」しなければならなくなった。

 どちらも「巨大」というキーワードがからんでいる。電子1個の量子力学的振る舞いを見るミクロの世界と,電子1万個の統計的振る舞いで説明されるオームの法則のようなマクロの世界の中間,つまり電子100個程度の集団的振る舞いにはミクロスコピックとマクロスコピックの中間,つまりメソスコピックな現象が見られるという。乱暴な比喩で申し訳ないが,10進で2桁以上速度や規模が違うと「質」が異なるというのは十分に信じられる話である。コンピューター技術の進歩では,短期間に2桁規模の技術発展が何度も起こった。そのたびに「昔とは質が異なるものが得られた」という感覚は多くの人が持っていると思う。

 逃げまくるAIもこの「技術の質の変化」に少しずつ捉えられ始めてきたのではなかろうか。

 

 この別冊では,こうした技術の質の変化の軌跡を追ってみる。SCIENTIFIC AMERICAN(以下SA,邦訳は「日経サイエンス」および「サイエンス」)に掲載された,AIの根幹に関する議論,お宝的な記事,多くの人は多分ご存知ない掘り出し物などを出発点として,AI全体,ニューラルネットワーク,ゲーム,言語理解,ロボットというざっくりした分類の中で,AIの発展の軌跡をたどる。少し時代は遡っても,ビッグネームたちは現在でも「未来に通ずる卓見」を披露している。別冊のタイトルに「未来」を入れたのはおこがましいと思われるかもしれないが,彼らの思いの中に未来を感じていただければ幸いである。

 なお,SAの記事だけでは最新の情報が得られなかったので,囲碁の名人を破ったAlphaGoと,最近各方面で採用され始めたウェブ知能Watsonについては,日本で最も造詣の深いお二方に書き下ろしをお願いした。

 

 本書は5つの章からなる。それぞれが独立した記事なので,どの章から読み始めてもよい(以下,敬称略)。

 第1章の冒頭,サールとチャーチランド夫妻の強面の論争は,自身が命名した「強いAI」が記号処理では無理だというサールの問いかけから始まる。ただ,これを最初に読むと息切れするかもしれないので,ほかの記事でウォーミングアップしてから読むことをお薦めする。この議論のどちらに軍配を上げるかは,読者のお楽しみとしたい。

 “AIの父”の1人,ミンスキーは人間のサイボーグ化について論じている。当然,それは知能の成り立ちに関する深い洞察を含む。なんとも気宇壮大な未来論だ。

 コッホとトノーニ,ラッセルはずっと柔らかい語り口だが,AIの何たるかについてヒントを与えてくれる。松原仁に関する記事は,日本におけるAIチャレンジの先駆者の思いを伝えてくれよう。

 第2章は,第3次AIブームの原動力となったニューラルネットワークの解説だ。ある程度の知識がある方でも,あのチューリングがニューラルネットワークの最初の提唱者だったという事実には驚かれるだろう(コープランドらの記事)。あちこちでチューリングは時代を超えていた。

 一見AIと関係なさそうな彼のOマシン(O-machine)は,理論的には人智を超えるマシンだ。今日でも研究の進展はなさそうだが,彼の時代にすでに今日のAIを飛び越した発想をしていたところに感銘させられる。ちなみに,表紙の「AI」のカラーはチューリングの,時代を超えた幅広い発想を讃えて,オレンジ(O-range)にした。

 ムスタファとベンジオの記事は,近年のニューラルネットワークの技術と,その役立ち方を分かりやすく解説している。ムスタファのおとぼけ感が面白いが,ベンジオを見るとただの量的拡大ではなく,技術を実用レベルにするためのいくつものブレークスルーがあったことが読み取れる。ともかく,第3次AIブームはディープラーニングの成功が火付け役だった。

 第3章はゲームプログラムの話だが,情報理論の創始者シャノンの初翻訳の記事がお宝だ。この記事はシャノンがPhilosophical Magazine(過去のノーベル物理学賞受賞者たちが記念すべき論文を投稿していたことで有名)に書いた論文をSAのために噛み砕いたものである。なんとこれが論文より1カ月早くSAに掲載されてしまった。ただし,シャノンは実際にはプログラムを書かず,机上の議論が展開される。しかし,古典的なゲームプログラミングの本質はきちんと記述されている。

 偉大なチェス名人カスパロフを破ったIBMのDeep Blueの記事は,それが実現する数年前に書かれたが,許らの熱い思いが伝わってくる。囲碁は完全情報2人ゲームの中では,当分名人に勝てるプログラムは出てこないと言われていたのに,2016年3月,グーグル傘下ディープマインド(DeepMind)のAlphaGoが韓国の名人イ・セドルに勝った。これについては,それまで世界2強の1つだったZenの開発者加藤英樹が最新情報を書き下ろした。ディープラーニングの威力がここでも見られる。ニューラルネットワークが囲碁の局面をアナログ的に「見ている」というのは新鮮だ。

 第4章は,インターネット上の膨大な情報蓄積が何をもたらすかに焦点を当てる。膨大な情報からどうしたら良い情報を生み出せるか?

 上で2桁違えば質が違うと書いたが,インターネット上の情報量の伸びは10年で100倍を超えているという。いまや,ウェブ知識は人間あるいは人間のグループが持ち得る知識の量を凌駕している。人間の知の大半が外在化され,ウェブサイエンスの研究対象となった。2桁違う知識量は適切な処理を経てある種の「知能」を生み出す。スティックス,バーナーズ=リーとシャドボルトらの記事はその方法論の分かりやすい解説だ。

 武田浩一が解説したIBM Watsonはウェブ知能の可能性を明確な成果物として世にアピールした。サールの言葉で言えば「弱いAI」に分類されるが,ここまで来たかと思わせるものがある。クイズ番組への挑戦という,半ば遊びから,実応用が生まれるという展開が素晴らしい。

 第5章はロボットがテーマだ。AIの議論ではよく「身体性」が持ち出される。いわく,身体性がなければ,生存本能由来の「意識」がなく,本来の知能は得られない,という主張だ。しかし昨今のロボット技術の発展を見ると,ロボットが(身体性や身体性もどきを含めた多様な意味で)どんどん人に近づいている。ビル・ゲイツのホームロボットの記事はロボットが身体を持つゆえの問題が述べられている。ファンもロボットが人間の情動に訴えかけるという課題を扱っている。

 私が感心したのはキングの「研究するロボット」だ。確かに,ここまでできるくらいにAIを支える各種の基盤技術が進化してきたのだと,つくづく思う。

 さて,逃げなかった水(逃げ遅れた水?)が,水溜まりなのか,池なのか,湖なのか。これはもう少し様子を見るべきだろうが,第3次「ブーム」が一過性のものでないことは確かである。

 

 本別冊をまとめるにあたり,すべての記事を精査し,分かりにくいところは原文にあたって改善したつもりだが,それでも分かりにくいところがあれば,すべて編者の責任である。

2016年11月

 

 

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著者

竹内郁雄(たけうち・いくお)

東京大学名誉教授,IPA未踏IT人材発掘・育成事業統括プロジェクト・マネージャ,一般社団法人未踏代表理事,(株)ギブリー技術顧問。1969年東京大学理学部数学科卒業,1971年同修士課程終了。NTT基礎研究所,ソフトウェア研究所にて,AIを支えるプログラミングシステムの研究開発を行う。1997年から,電気通信大学情報工学科,東京大学情報理工学系研究科創造情報学専攻,早稲田大学基幹理工学研究科情報理工学専攻の教授を歴任し,主にIT防災の研究に携わる。2000年から10年間,コンピュータ囲碁フォーラム会長。現在はIT人材発掘・育成に専念。