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別冊日経サイエンス201 意識と感覚の脳科学

別冊201:はじめに

編集部

 別冊201「意識と感覚の脳科学」では,感覚と感情,睡眠,虚偽を信じ込む脳,天才脳の特徴など,社会的に関心の高いテーマを取り上げる。

 

 「Chapter1 越境する感覚」では,自己と外界を橋渡しする感覚の謎に迫る。「五感を超えた力」は,音とにおい,色と味など異種の感覚が相互作用する際に,単独の情報とはまったく別の感情を引き起こすメカニズムを説明する。「感情を読めるわけ」は,異なる手がかりを組み合わせて他者の感情を感知する,いわゆる社会脳のはたらきを解説。五感のなかでも匂いの結びつく記憶はとくに強いようだ。匂いによって過去の感情がよみがえるだけでなく,嗅覚の喪失が悲しい気分をもたらすという興味深いデータもある(「匂いと記憶の深い関係」)。

 

 「Chapter2 無意識のわな」は,意思決定や行動の背景にある無意識の作用を考察する。選挙で誰に投票するか,休暇にどこに行くかといった行動の選択は,熟慮の末に行われているとは言いがたい。無意識の思考や感情は日常のあらゆる決定に影響を及ぼしている(「意思決定の心理学」)。「ステレオタイプ脅威」は,性別や人種,宗教など自分が帰属する社会的集団に対する否定的な固定観念が,当人の能力の発揮を妨げるという実験結果を示す。「アインシュテルング効果 良案が排除されるわけ」は無意識の判断によって,より優れた解が無視されてしまう現象を紹介する。

 

 超常現象や陰謀論を信じてしまうのは人間の脳の特徴で,生存にとって必要な能力の一部ともいえる。「Chapter3 だまされる脳」の「超常現象が見える理由」「陰謀論をなぜ信じるか」を読むと,限られた情報から即座に結論を導き出したり,出来事を理解するために複雑な物事を単純化するという脳のしくみが,だまされやすさにかかわっていることがわかる。一方,プラセボ(偽薬)効果のように,信じ込む能力を治療に取り入れようという研究もある(「プラセボ効果の脳科学」)。長年にわたり実験と議論が続いているサブリミナル効果は,特定の条件下では有効というのが最近の見方だ(「サブリミナル効果の真実」)。

 

 「Chapter4 眠りと夢の脳科学」では,睡眠中の脳の活動を中心に近年の研究成果を紹介する。睡眠はなぜ必要なのか。「眠りが刈り込む余計な記憶」は,睡眠中にニューロン間の結合が弱まることに着目し,睡眠時にエネルギー消費を抑え,逆に覚醒時にシナプスを強化するという仮説を紹介する。夢が問題解決のヒントを与えてくれることがある。特に創造力や視覚化が求められる問題を解決する際,インスピレーションをもたらす効果がある(「夢が教える発想」)。夢の展開を自身でコントロールし,不安を解きほぐしたり潜在能力を発揮させる方法についても研究が行われている(「明晰夢の効用」)。

 

 天才の脳は普通の人の脳はどこが違うのだろうか?「Chapter5 天才脳の秘密」では,たぐいまれな能力を生む天才の脳の特徴を探る。「天才と変人 解き放たれた知性」は,創造性に富む人々がなぜ奇妙な振る舞いをするのか,その理由を解説する。「創造性の起源」では,才能を遺伝や経験といった要因から捉え,創造的天才が持つ共通のプロセスに迫る。特定の分野に卓越した能力を示すサヴァン症候群の人々をヒントに,創造的思考を高める方法も研究されている(「既成概念をオフ サヴァンに学ぶ独創のヒント」)。

 

 近年,脳研究が急速に進んだ背景には,ニューロン活動の分子レベルでの解明と脳機能イメージングの発達がある。「Chapter6 脳地図革命」では,さらなる進展を目指す脳研究の現在を描く。神経回路の機能を調べるには数百万個ものニューロンネットワークを可視化する技術が求められている。これが可能になれば,ヒトの脳全体を見渡すことができるようになる(「脳の実相に迫る」)。また,脳の遺伝子の活動をまとめた詳細な地図もでき,神経疾患の原因解明や治療法につながるものと期待されている(「脳の遺伝子アトラス」)。

 

 本書は月刊誌「日経サイエンス」に掲載された記事で編纂した。記事中の登場人物や著者の肩書きは特にことわりがない限り初出当時のものとした。

 

2014年10月
日経サイエンス編集部