日経サイエンス 

別冊169  数学は楽しい

章ごとのまえがき

瀬山士郎 編

 

CHAPTER1 数  天才たちの挑戦

 

 フェルマーの最終定理はもともと整数論の問題として提出された。ここではまだ未解決の時期の記事とワイルズによって解決された時の記事を2つ並べてある。フェルマーの最終定理がどのような道をたどって解決に至ったのかを,現代数学史の重要な一場面として鑑賞していただきたい。整数論の問題が楕円関数やL関数,モジュラー形式と結びついて解決に至る経緯は,現代数学のダイナミックな面白さの端的な証でもある。一方,素数はいつの時代にも,さまざまな問題を,プロ,アマを問わず提供してきた。誰でも容易に理解できる未解決問題,ゴールドバッハ予想や双子素数予想,あるいはn2と(n+1)2の間には素数が存在するだろうという予想が出てくる。それにしても,素因数分解できないにもかかわらず素数でないことだけはわかるのは,大変に面白いことである。他に乱数についての面白い話題がある。ランダムとはいったい何なのか。でたらめは決してでたらめではないのである。

 

 

CHAPTER2 形   3次元の不思議

 

 形についての最近のもっともエキサイティングな話題は,なんといってもロシアの数学者ペレルマンによるポアンカレ予想の解決である。科学ジャーナリズムにもたくさんの話題を提供したペレルマンとフィールズ賞をめぐる物語はこの証明のあとにやって来る。ここでは社会面での話題ではなく,純粋に数学としてのポアンカレ予想の解決を鑑賞していただきたい。それにしても,ポアンカレ予想のような純粋数学の未解決問題の話がテレビ番組となり,それが好評をもって迎えられるというのはそうあることではない。数学への関心の広がりを感じる出来事であった。  ところで,私たちの身近には少し変わった形もある。結び目もその一つである。ひもを結ぶという単純な日常的な行為のなかにどんな現代幾何学が潜んでいるのか。結び目がほどけないのはどうしてだろうか。数学的な好奇心がどのような現代数学になったのかを見てもらいたい。

 

 

CHAPTER3 遊び  究極の娯楽

 

 数学は科学である。しかし,他の多くの科学もそうであるように,科学者は科学と戯れる子どもたちだと言えるのではなかろうか。数学の場合,それはもっと顕著である気がする。数学者とは子どものような好奇心を忘れずに数や形と戯れている,そんな人種なのかもしれない。数学を遊んで見せた大家,マーチン・ガードナー,彼の解説記事のおかげで数学に開眼した人は世界中にたくさんいるに違いない。「時として,子どもの遊びは人生でもっとも重大なものなのだ」(『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン)。世界を席巻した数独にも背後の数理がある。アルゴリズムとの関係も興味あるところだ。あるいは実用から離れて形と戯れてみせた和算,そこには「知りたい!」という好奇心があったに違いない。これらを通じて数学の遊び心に触れていただけたらと思う。パズルはそれがあるだけで人生を豊かにします。

 

 

CHAPTER4 数学とは  現代数学の姿

 

 数学は1つである,と誰でもが思っている。その信念は数学についての揺らぎない信頼を形作っているはずである。しかし,数学史をひも解いてみれば,じつは数学の基礎をめぐっていくつかの立場の違いがあったことがわかる。構成的数学というのは聞き慣れない言葉かもしれないが,いわば人間の立場に立ち,知り得ないものには沈黙をしようという数学と言っていいのかもしれない。そこまで入り込まなくても,数学にはこんな考えもあるのだと知ることは,数学を理解するもう一つの手がかりになるだろう。同じように,証明に異議を差し挟む数学者もいることを知ることも,一般読者にとっては面白いに違いない。最後に,計算で解けるとはどういうことなのかを有名な問題を題材に考えてみたい。コンピューターの発達によりアルゴリズムの問題はより具体的な切実な問題としてクローズアップされてきている。

 

 

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