別冊164

ニュートリノで輝く宇宙
カミオカンデから始まった物理学の革新

戸塚 洋二 協力/日経サイエンス編集部 編

2009年2月19日 A4変型判 27.6cm×20.6cm 160ページ ISBN978-4-532-51164-7

2,000円+税

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何でも通り抜けてしまう素粒子ニュートリノ。奥飛騨山中にあった観測施設カミオカンデと後継のスーパーカミオカンデによって,謎に満ちた幽霊粒子の研究が飛躍的に進展し,物理学と天文学を革新した。日本のニュートリノ研究のリーダーだった戸塚洋二博士の協力を得て,その歩みを振り返り,将来を展望する。
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戸塚 洋二 協力/日経サイエンス編集部 編

目次

 

はじめに

 

第1章 奥飛騨の地で

地の底から見えたニュートリノ宇宙  戸塚洋二(協力)/中島林彦
素粒子論の標準モデルを超えて  戸塚洋二(協力)/中島林彦
ニュートリノサムライと呼ばれて  戸塚洋二
崖っぷちからの再生  戸塚洋二(協力)/中島林彦
奥飛騨の山歩き,木々の名前  戸塚洋二
宇宙の真理を求めて  戸塚洋二(協力)/中島林彦
T2K実験始まる  中島林彦
未知未踏に光で挑む  晝馬輝夫(協力)/中島林彦
南極点の氷の中で宇宙ニュートリノを観測  中島林彦

 

第2章 歴史を書き換えた発見

ニュートリノ天文学の誕生  佐藤勝彦
ニュートリノの質量の発見  E. カーンズ/梶田隆章/戸塚洋二
ついにとらえたタウニュートリノ  丹羽公雄
ついに解けた太陽ニュートリノの謎  A. B. マクドナルド/J. R. クライン/D. L. ウォーク
太陽が秘めていた謎  戸塚洋二

 

第3章 パイオニアたち

ニュートリノ研究の原点にあった朝永先生の尽力  小柴昌俊
新たな伝統をつくる  戸塚洋二
太陽とベーテ博士  戸塚洋二
バコール博士の思い出  戸塚洋二
デイビス博士の思い出  戸塚洋二
かくて伝統はつくられた  中島林彦

見事だったリーダーシップ  鈴木洋一郎

伝統をつくった戸塚先生  梶田隆章

同級生のヒーローを惜しむ  外村彰

40年ともに走り続けて  戸塚裕子

 

あとがき

 

 

 

はじめに

ニュートリノは不思議な素粒子だ。物質を構成する粒子,例えば陽子や中性子,電子などとほとんど相互作用しないので,あらゆるもの,例えば岩でも人間でも,果ては巨大な星すら素通りしてしまう。光や物質と違って,目には見えないが,珍しい存在では決してない。ニュートリノは宇宙誕生直後,物質粒子とともに膨大な数が生み出され,今も宇宙のあちこちで作り続けられている。核分裂反応や核融合反応,放射性元素の崩壊が起きるには熱エネルギーとともにニュートリノが生み出されるからだ。

 

もし私たちがニュートリノを見ることができたら,太陽などの星々は,光と同様,ニュートリノでもまばゆく輝いているのを目にするだろう(恒星は核融合でエネルギーを生み出している)。私たちの足もと,つまり地球もニュートリノでぼんやりと明るくなっている(地球は放射性元素の崩壊でかなりの割合の熱を賄っている)。そして人類もまた日々,ニュートリノを生み出している。核分裂反応による熱を使う原子力発電所は結果としてニュートリノ生産工場ともなっているからだ。私たちは,宇宙誕生以来,さまざまな形で生み出され,宇宙を満たしているニュートリノの海の中で暮らしていると考えてもよいかもしれない。

 

しかし,人類がそうした認識を持つに至ったのは20世紀も終わり近くになってのことだった。ニュートリノは詳しいことがよくわからない謎に満ちた素粒子だったからだ。1930年に理論的に存在が予想されたものの,原子炉を使った実験で初めて検出されたのが26年後の1956年。光と同様,重さがないとされたが,質量がゼロであることを示す確たる実験データはなく,さまざまな状況証拠から「おそらくゼロだろう」という,極めてあやふやな状況が続いていた。太陽から地球にやってくるニュートリノについては1960年代後半,その飛来が間接的にとらえられたが,見積もられた飛来量は理論予想よりはるかに少なく,観測データに疑いを持つ研究者も多かった。

 

状況が大きく変わったのは1987年。奥飛騨の山中にあったカミオカンデという素粒子物理学の実験装置が示したデータだった。宇宙的スケールで見て,地球に近いところにある老いた巨星が大爆発すると,私たちは,それを夜空に突如出現した,まばゆい輝きを放つ見慣れぬ星「超新星」として眺めることになる。ところが理論は,超新星は光で輝き始める数時間前に,天文学的な量のニュートリノを一挙に放出することを予言していた。カミオカンデは,その予言通り,大マゼラン雲(地球から16万光年ほど離れた天の川銀河の随伴銀河)に出現した超新星からのニュートリノの飛来を,爆発光の到来より数時間早くキャッチした。超新星ニュートリノの観測自体,世界で初めてのことで,これによって超新星ニュートリノの存在が確かなものになり,超新星の理論も検証されることになった。

 

カミオカンデは太陽から飛来するニュートリノの直接観測にも世界で初めて成功した。高い信頼性がある観測データから見積もられた太陽ニュートリノの飛来量は,やはり理論予想より大幅に少なく,大きな謎となった。その謎は,カミオカンデの後継として,同じく奥飛騨山中に建設されたスーパーカミオカンデによって解明された。太陽ニュートリノの飛来数が理論より大幅に少ない理由は,ニュートリノが質量を持つことによって必然的に起こるニュートリノ振動という現象によってもたらされたのだった。

 

スーパーカミオカンデが1998年,ニュートリノが質量を持つことを明らかにした結果,素粒子物理学の枠組みである標準モデルは見直しを迫られることとなった。標準モデルはニュートリノの質量をゼロとして理論が構築されていたからだ。1970年代初頭に確立した標準モデルは約30年近くの間,いかなる実験によっても揺らぐことがなかった。それがスーパーカミオカンデの大発見によって,ニュートリノが属するレプトンと総称される素粒子グループに対する見方が大きく変わった。素粒子物理学は新たな時代の幕開けを迎えた。

 

カミオカンデとスーパーカミオカンデによって,人類は,宇宙がニュートリノによって輝いていることを知り,そして素粒子の世界に広大なフロンティアが存在することを認識した。ニュートリノは物理学の中で最もホットな研究テーマとなり,世界の主要国が日本を追うようにさまざまなニュートリノ実験を進めている。

 

私たちの宇宙観,物質観を革新したカミオカンデ以降の日本のニュートリノ研究。その研究を一貫してリードした物理学者が戸塚洋二(とつか・ようじ)氏だった。戸塚氏はカミオカンデが構想される10年以上前の1960年代,当時,東京大学の新進助教授だった小柴昌俊(こしば・まさとし)氏のもとの大学院生として奥飛騨山中の神岡鉱山に“潜り”,宇宙線研究に取り組んだ。そして1980年代初頭,再び奥飛騨の地に戻ってカミオカンデ建設の最前線に立ち,スーパーカミオカンデでは最高責任者となった。東京大学から高エネルギー加速器研究機構に移り,その機構長となってからは,ニュートリノ実験を含め日本の素粒子実験全体の推進役となった。その間には,だれも予想し得なかったスーパーカミオカンデの大規模破損事故が起き,小柴氏のノーベル物理学賞受賞という日本中が沸いた大ニュースもあった。大規模破損事故の際,戸塚氏は,その責任を一身に負った。研究グループは戸塚氏のもとに団結し,奇跡ともいえる復活を成し遂げた。また師のノーベル賞受賞の際,戸塚氏は「これで報われた」と大喜びしたという。

 

2008年はカミオカンデの稼働から四半世紀の節目の年だった。日経サイエンスは戸塚氏の多大な協力を得て2008年4月号(2月25日発売号)から9月号(7月25日発売号)にかけて,波乱に富むニュートリノ研究の歩みを振り返り,今後を展望した連載記事「カミオカンデとスーパーカミオカンデ物理学を変えた四半世紀」を掲載した。そのとき戸塚氏は,がんとの長く厳しい闘いの中にあり,2008年7月10日,旅立たれた。ノーベル物理学賞の受賞が目前とも言われていた。戸塚氏は晩年,闘病生活を送るかたわら,離れて暮らしている家族や知人に自分の消息を伝えるため「A Few MoreMonths」と題したブログを始めた。ブログの内容は自身の病状や,がん治療で考えたこと,科学の話,大学の話,長年暮らした奥飛騨の自然の話,死生観に関する話など非常に多彩で奥が深いものだった。

 

本書は日経サイエンスに掲載されたニュートリノ研究の関連記事と,戸塚氏のブログのうちニュートリノ研究などに関連する記事で構成した(ブログ記事の末尾には投稿日を記載した)。小柴氏や戸塚氏ら日本の研究者が中心になって実現したカミオカンデとスーパーカミオカンデによって,いかに物理学が革新されたのか,その全容を紹介する。

 

第1章「奥飛騨の地で」では奥飛騨の地を舞台としたカミオカンデ以降のニュートリノ研究の歩みを紹介する。スーパーカミオカンデは戸塚氏の強力なリーダーシップによって実現したが,氏の研究姿勢のバックボーンには氏が学生時代に打ち込んだ武道(空手)の経験がある。そこで氏が月刊誌『武道』に寄稿した記事「ニュートリノサムライと呼ばれて」を再録した。大規模破損事故の際,戸塚氏には心身ともに大変な重圧がかかっていたが,その氏をなぐさめたのが奥飛騨の自然だった。「奥飛騨の山歩き,木々の名前」と題した氏のブログ記事には事故前後のころの氏の山歩きのメモが紹介されている。「(大規模破損事故が起きた後の)パニック状態の中でも,山の木々は変わらずやさしく迎えてくれました」と記している。

 

第2章「歴史を書き換えた発見」では,四半世紀に及ぶニュートリノ研究の歩みの中で,エポックとなった発見について,それぞれ研究の当事者などが解説している。

 

第3章「パイオニアたち」では,ニュートリノ研究のパイオニアにスポットを当てた。戸塚氏のブログ記事からも3編を収載した。物理学の教科書に載っている3人の著名な米国の物理学者と氏とのやりとりを読むと,それぞれの人物像がくっきり浮かび上がってくる。

 

本書は,戸塚氏の協力がなければ実現しなかった。ここに,あらためて深い感謝の念を表すとともに,謹んでご冥福をお祈り申しあげる。

日経サイエンス編集部