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21世紀に生きる私たちは,心が脳のはたらきによって生まれることを知っている。だが,意識や思考,感情といった心を,脳の神経細胞(ニューロン)はどのようにして作り出しているのだろうか。脳に対する多くの疑問はこの一点に集約されていると言ってもよいかもしれない。
「脳が生み出す心的イメージの謎」では,現実の事物に対する認識と心に描かれるイメージの関係を探る。想像で思い描いたことが記憶に紛れ込んでしまうという例は実験からも多数報告されているが,どうやら「視認」と「心的イメージ」は脳の同じ場所で処理されているらしい。
ただ1つの事物や概念にのみ反応するニューロン,いわゆる「おばあさん細胞説」については,長年否定的な意見が多数を占めていた。しかし,個々のニューロンの活動を測定する神経科学的な手法が発展した結果,知っている人物や物事に特異的に反応するニューロンの存在が示唆された。「再燃する「おばあさん細胞」論争」では,脳の情報処理システムをめぐる議論を取り上げる。
脳は自分に関する情報と他人に関する情報を区別し,異なる反応を示す。「自己の神経生物学 「私」は脳のどこにいるのか」は,自己感が脳のどこで形成され,保たれるのかについて考察する。自己感を生む脳のしくみが解明できれば,認知症の治療にも結びつく可能性がある。
かつてグリア細胞はニューロンを支える脇役と考えられてきたが,最近の研究から,記憶や学習にとって不可欠な存在であることがわかってきた。ニューロンのシナプス形成にも関与している可能性がある(「思考をつかさどる陰の立役者 グリア細胞」)。「記憶を固定する分子メカニズム」では長期記憶の形成にかかわるシナプス増強タンパク質の遺伝子に焦点を当てる。
「思考でロボットをあやつる」で取り上げる脳と機械のインターフェースは,現在,最も関心の高い分野の1つだろう。こうした研究の歴史的背景として,「脳にチップを初めて埋めた男 ホセ・デルガードの早すぎた挑戦」にもぜひ目を向けたい。
脳の性差もまた長く議論が続いてきたテーマだが,現在では男女の脳に違いがあることが明らかになっている(「やっぱり違う 男と女の脳」)。しかし,こうした脳の性差が,能力の有無や社会的役割の必然性を示すものでないことは,いまさら言うまでもない。
「子育てで賢くなる母の脳」は出産・子育てを通して脳が変化し,マルチタスクに優れた脳になることを示す。面白いことに,子育てに参加することで男性の脳にも同様の変化が生じるという。「子どもは象徴をどう理解するのか」以降の3編は子どもにかかわるテーマを取り上げる。
「サヴァン症候群 その驚異の能力を探る」では映画『レインマン』のモデルとなったキム・ピークを紹介する。「脳を揺さぶる音楽」「音の高さのパラドックス」はいずれも聴覚をテーマにした記事だ。前者が最新の脳科学をベースにしたものであるのに対し,後者は心理学と自然科学の実験手法がミックスされたユニークな内容だ。
本書のタイトルは,2005年に発行した別冊日経サイエンス150『脳から見た心の世界』の続編の形をとったが,どちらも内容はバラエティーに富んでいる。神経科学的な手法で心の本質に迫ろうとする研究から,いじめへの対処法まで,テーマも研究方法も多岐にわたっているため,ブレインサイエンスの別冊としてはやや雑多な印象があるかもしれない。しかし,私たちの行動や,社会をとりまくさまざまな現象あるいは事件が,「脳と心」というキーワードで日常的に語られるようになったことを考えると,脳科学と心理学の融合は,学問としての融合を待つまでもなく,ごく当然のなりゆきとして受け入れられつつあるようだ。今後,神経科学や遺伝子研究の視点が従来の心理学とどのような接点を持ち,新しい研究領域を生み出していくのか。興味は尽きない。
日経サイエンス編集部 |