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後悔はしたくない
デニス・シャシャ
健康のためにスポーツクラブでスカッシュをしようと考えている。会費の払い方には2つある。400ドルを払って年間会員資格を得るのと,コートを利用するたびに20ドル払う方法だ。
1週間に数回はプレーをするつもりだが,怪我をすることがよくあり,そうなると以後はもうプレーはできない。怪我が避けられないのなら,それがいつ起こるのかを教えてくれる神様がいて,年間会員になるのと,毎回使用料を払うのと,どちらが安くすむか“お告げ”をもらえるとありがたい。
残念ながら予知能力はないので「後悔率」,すなわち「実際に支払った金額を,お告げがあった場合に支払ったであろう金額で割った値」を最小にする戦略を考案したい。
初めから年間会員資格を購入し,コートに出た初日に怪我をしたとすると後悔率は20になる。つまり,実際に支払った400ドルをお告げがあった場合に支払ったはずの20ドルで割った値だ。反対に,毎回使うたびに払うと決め,100回目のプレーのときに怪我をしたとすると,後悔率は5になる。実際に支払った2000ドルに対し,お告げがあった場合の額は年間会員費用の400ドルだけだからだ。
怪我をするのがいつであっても,後悔率を2より小さく保つ方法はあるだろうか?
このウオーミングアップ問題の答えはこのページの下にある(本文末の訳者ノート参照)。
数学者特有の言い回しでは,この種の問題を競争解析と呼ぶ。別の例を考えよう。90枚のチケットを持っていて,それを換金しようとしている。チケット交換所の男は,1ドル札と5ドル札がまざった山を積み上げて待っている。交換所へ行くと,男は山の一番上の紙幣(1ドルか5ドル)でチケットを1枚買い取ろうと申し出る。
後で5ドルで買い取ってもらえることを期待して,1ドルの申し出を拒否することもできる。その場合,チケットは手元に残ったままで,その1ドル札は山から引き出しの中に移され,二度と出てくることはない。しかし,男にはいつでも取引をやめる権利があり,そうなると手元に残ったチケットは何の価値もない紙くずに変わる。
神様のお告げがあれば,その男がいくらでチケットを買い取り,取引がいつ終わりになるのかわかるのだが,そうはいかない。後悔率が1.8より高くならないような戦略はあるだろうか?
今度の場合,後悔率とは,お告げがあった場合にあなたが得るはずであった金額を実際に得た金額で割った値だ。そして,もし,チケットの買取価格が1ドルか100万ドルかのどちらかであった場合,あなたの戦略はどうなるだろうか。その場合,後悔率の上限は下がるのだろうか。あるいは上がるのだろうか。
後悔率とは,実際に払った額を最善の支払い方をした場合の額で割った値のことであり,しかも,ここでは最悪の状況での後悔率だけを問題にしている。心理面ではなく経済面からみて最善の戦略は,後悔率ではなく支払い額の期待値を下げることだが,1回のプレーで怪我をする確率が一定なら,これは後悔率の場合よりずっと簡単だ。
怪我をする確率が20/400=1/20以下なら最初から年間会員になるべきであり,1/20より大きいなら毎回支払うほうがよい。ただし,使用頻度が低い場合,年間使用回数に応じて,実際には1/20より少し小さい値が戦略分岐点になる。
ウオーミングアップ問題の答え
最初の19回はコートの使用ごとに支払い,次の回に年間会員資格を購入するといい。最初の19回のプレー中に怪我をした場合,後悔率は1だ。その後に怪我をした場合,後悔率は1.95以下となる。
坂井公(さかい・こう)
筑波大学数学系助教授,
専門は計算機科学。
Dennis E. Shasha
ニューヨーク大学クーラント研究所教授。
専門は計算機科学。
原題名
Bounded Regrets
(SCIENTIFIC AMERICAN May 2003)
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