パズルの国のアリス

速乾式拭き掃除機(解答)

坂井 公(筑波大学) 題字・イラスト:斉藤重之

 例えば,一度になるべくたくさんのペンキ染みを処理しようとして,常に円の中心を通るように拭き掃除機を動かすとどうだろうか。直径10mの円の円周は10πmだから,中心を通る帯だけで円を覆うには,帯が大体10π/0.2=50π本くらい必要になり150を軽く超えてしまう。他の覆い方をしても,100本未満で済ますことはできなさそうだ。

 実は,結論から述べるならば,幅10cmの帯100本未満で直径10mの円を覆うことはできない。結論自体は,そんなに意外ということもないだろうが,そのことの証明は簡単ではないようだ。しかも,その証明には,2次元よりも3次元での議論を使うのがいいようなのだ。

 まず,球の表面積に関する知識に言及しよう。意外に知られていないかもしれない。球を2つの平行な平面でスライスしてできた図形を考える。聞きなれない言葉だが,このような図形には「球帯」という名前がついているらしい。また,球の極をその近くの緯線を含む平面で薄く切り落としたものは「球冠」と呼ぶ。球の表面積に関する意外に知られていない知識とは,「球帯や球冠に含まれる球の表面部分の面積は,球帯や球冠の厚さhと球の半径rにのみ依存して決まり,2πrhになる」ということだ。まん丸のリンゴがあるとして,それを同じ厚さに薄くスライスした場合,「各スライス1片が含む皮の量はどれも同じ」だといってもよい。

 もっと初等的な説明があるかもしれないが,積分計算を苦にしない人のために証明しておこう。右上の図において,大学初年級の微積分の教科書にある回転体の表面積の公式により,

  が問題の表面部分の面積だ(y’はyをxで微分したもの)。ここでr2=x2+y2より,y’=−x/yだから

である。

 具体的に計算すると,直径10mの球から幅10cmのスライスを切り出した場合,それに含まれる球の表面部分の面積はπm2となる。

 上の3次元空間での事実は,円を帯で覆う元の2次元の問題とはあまり関係ないように思えるのだが,驚いたことに次のように考えることで結びつくのだ。今,大広間の円形のペンキ染み全体を直径10mの半球のドームで覆ってみよう。例の拭き掃除機を1回動かすと,10cmの幅で床の白い染みが取り除かれる代わりに,その上にあるドーム部分にその汚れが付着するものとする。

 先の議論によると,汚れるドーム部分の面積は一定である。ドームは半球形だから,先の計算の半分の0.5πm2だ。拭き掃除機を99回動かしても,ドームの汚れは,延べで49.5πm2にしかならない。直径10mの半球の表面積は,簡単な計算でわかるように2×π×52=50π(m2)だ。したがって,まったく重なりがなくとも,ドームの0.5πm2には汚れが付着することはない。当然,その下の床部分のペンキ染みが拭われているはずはない。

参考にした本
Mathematical Puzzles:A Connoisseur's Collection(2004),
Mathematical Mind-Benders(2007) P. Winkler。
邦訳は『とっておきの数学パズル』(2011年),『続・とっておきの数学パズル』(2012年),ピーター・ウィンクラー著,坂井公・ 岩沢宏和・小副川健訳,日本評論社。

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