パズルの国のアリス

公爵夫人を出し抜け!(解答)

坂井 公(筑波大学) 題字・イラスト:斉藤重之

 この問題では,実際の距離は重要ではなく,速度の比だけが問題なので,池の半径は1とし,その距離を進むのに公爵夫人の足で1の時間がかかるとしよう。すると,最初の問題では,同じ距離をボートを漕いで進むのに4の時間がかかることになる。

 もちろんはじめから何も考えずにまっしぐらに対岸へ向かうのは論外だ。実際,池の中心からでは岸のどの地点に向かっても4の時間がかかるが,夫人は最大でも円を半周すればよいから,必要な時間はπ=3.1415…であり,余裕を持ってボートが着くのを待ち受けることができる。

 しかし,料理番側にも救いはある。ボートの進むコースを自由に変更できるからだ。たとえば,最初のうちは自分と公爵夫人とを結ぶ線分が常に池の中心を通るような位置に身を置きながら次第に夫人から離れていくことが可能だ。わかりやすいように,公爵夫人は池の北岸からスタートし反時計回りに池を巡るものとしよう。すると今述べたように動くと,ボートは,半径1/8の円の南側半分を巡ることになる(下図)。

201505-a-img01

しかし,この動きができるのは,夫人が池の西岸に達するまでで,このときボートは東岸まで3/4の地点にいる。これ以上岸に近づくと,夫人が池を回る角速度のほうがボートより大きくなるのでうまくいかない。そこで,ここからは一気に東岸を目指してみよう。幸い,この位置からなら岸まであと3の時間でたどりつける。一方,公爵夫人のほうはというと円を半周しなければならないのは同じだから約3.14の時間がかかるので,料理番は脱出に成功できる。

 一般に速度比がkのときに,この戦略を使うとどうなるだろう。最初の段階で,料理番は,自分と公爵夫人を結ぶ線分が池の中心を通るようにしながら,岸までの距離が1−1/kの地点まで来ることができる(これを戦略分岐点と呼ぶことにしよう)。そこから一気に岸へダッシュすると着岸までに要する時間はk−1である。一方,夫人がそこに到達するのに要する時間はπだから,k−1<πつまりk<π+1=4.1415…ならば脱出できる。

 では,k=4.5の場合,脱出は不可能ということだろうか? そうではない。実は,戦略分岐点で向かう方向を公爵夫人のそのときの位置の対岸とする上の戦略は最善ではなく,一番よいのは,自分と公爵夫人とを結ぶ線分に直交する方向に向かうことなのだ(下図)。

201505-a-img02

意外に思う読者が多いかもしれない。なぜなら,公爵夫人は,方向転換して北へ向かうほうが,ボートの想定着岸地点に早く着くからだ。だが,この方向転換は公爵夫人に有利には働かない。というのはボート側も方向転換できるからだ。そのことを説明するのは後回しにして,公爵夫人が方向転換しなかった場合,ボートと夫人それぞれが戦略分岐点を過ぎてから目的の着岸地点に着くまでに要する時間を計算してみよう。

 ボートが要する時間は,三平方の定理を使えば201505-a-img05であることが簡単にわかる。一方,夫人が要する時間はπ+Arccos(1/k)だから,201505-a-img05<π+Arccos(1/k)が満たされれば,料理番は夫人を出し抜くことができる〔注:Arccosはcosの逆関数。cosθ=xとなる角度θ(0≦θ≦π)をArccos(x)と書く〕。k=4.5の場合でも,201505-a-img05≃4.3875,π+Arccos(1/k)≃4.4883だから,料理番は何とか夫人から逃げられる。実際,上の不等式を代数的に厳密に解くのは難しいが,数値的に近似解を求めるのは簡単で,k<4.60334くらいの解が得られる。

 では,夫人が方向転換しても無駄なのはどうしてだろうか。これにはボート側の一般的な戦略を説明するほうが有用だろう。次の図をごらんいただきたい。

201505-a-img03

池の中心の周りに半径1/kの円を想定し(点線の円),ボートの位置からその円に対して2本の接線を引く。それが池の岸と交わる点のうち,ボートに近い2点をPとQとする。そしてP,Qのうち公爵夫人から遠いほうに向けて漕ぐというのが,ボート側の戦略である。この戦略によれば,夫人が一切方向転換することなく岸を反時計回りに進んでくれば,ボートも一切方向を変えずにPへまっしぐらに進み,先に検討した通りになる。

 夫人が方向転換して時計回りに進み始めても,ボートはしばらく同じ目標に向けて進むだけである。そして,ボートから見たときの夫人が池の中心より右に来たら,ボートの目標点をQに切り替えるが,PまでとQまでの距離は同じだから,そのような目標の変更を何度しても,ボートが進まねばならない距離は少しも増えない。一方,夫人は方向転換するたびに余計に歩くことになり,損をする。

 これで速度比が,約4.60334倍までは料理番が公爵夫人を出し抜けることがわかったが,それ以上は駄目だろうか。結論を言うと無理で,ボート側の上記の戦略は最善なのだ。それを証明するには,多少面倒な考察と三角関数が絡んだ微分計算が必要なようだから,以下はそれを苦にしない人に読んでいただこう。もちろん,もっと簡潔な説明があれば歓迎する。

 次の図のように池の中心を原点に取り,ボートの位置を(r,0)とする直交座標を導入するとわかりやすい。ボートが向かう方角θを最善にしたいというのが問題だ。

201505-a-img04

ボートの速度は201505-a-img06だから,岸に近づくペースは201505-a-img06cosθである。公爵夫人の追跡がなければ,これはθ=0のときが最大で,早く上陸したければ当然ながら真東に向かうのがよい。ところが,公爵夫人が速さ1で南から迫ってくるので,やや北に進路をとったほうがよい。ボートの北向きの速度成分は201505-a-img06sinθだが,(公爵夫人は池を巡っているので)池の中心周りの角速度で考えたほうがよく,それは201505-a-img07sinθである。つまり,公爵夫人は角速度1−201505-a-img07sinθで近づいてくる。結局,ボートは201505-a-img06cosθのペースで岸に近づき,夫人は1−201505-a-img07sinθのペースで迫ってくるので,比(1−201505-a-img07sinθ)/201505-a-img06cosθを最小にするθを求めればよい。ここからは高校生でも計算できる微分の応用問題なので,結論だけを述べるなら,求める角θは1/krsinθを満たす。従って,ボートの進行路を後ろに延長すると原点を中心とする半径1/kの円に接することがわかる。

参考にした本
Mathematical Puzzles:A Connoisseur's Collection(2004),
Mathematical Mind-Benders(2007) P. Winkler。
邦訳は『とっておきの数学パズル』(2011年),『続・とっておきの数学パズル』(2012年),ピーター・ウィンクラー著,坂井公・ 岩沢宏和・小副川健訳,日本評論社。

問題はこちらです