パズルの国のアリス

無限モグラ国の8の字ミミズ(問題)

坂井 公(筑波大学)題字・イラスト:斉藤重之

無限モグラ国の8の字ミミズ

アリスとグリフォンが次の合同演芸会に向けての出し物の相談をしていると,チェシャ猫が文字通り顔だけのぞかせた。

「お,久しぶりじゃないか」とグリフォン。「ほんとに神出鬼没だな。また,どこかに行ってたのか?」

「ああ,例のモグラたちがいる無限国さ。欲張りなくせに妙な平等観を持っているあのモグラたちを見ていると飽きなくてね」

アリスはきょとんとして,グリフォンとチェシャ猫を交互に見つめる。グリフォンは,その様子を見て,「あ,そうか。君の世界からは,不思議の国と鏡の国には行き来できるけど,あの無限国には行けなかったな。不思議の国と鏡の国には慣れただろうけど,たまには別のところもいいんじゃない?」と,今度はチェ シャ猫のほうを向き,「どうだい,連れて行ってやれるかな?」

チェシャ猫の首は,「おやすい御用さ。まだ俺の体はそこにいるからね」と答え,フワフワと寄ってきたかと思うと,アリスのドレスの背にがぶりと噛み付いた。

次の瞬間,アリスは,自分が広い野原の上に宙吊りになっていることに気がついた。自分の意向にお構いなしに,しかも子猫のように扱われたことに,アリスは猛然とチェシャ猫に食ってかかったが,宙吊りでは迫力がない。落ち着いてきてから改めて辺りを見回すと,広野は整然と碁盤の目のように仕切られ,各区画 は美しい花で特徴付けられている。

チェシャ猫に優しく降ろされた頃には,アリスは怒りを忘れ,「なんて綺麗なんでしょう。お姉さんや,ダイナにも見せてあげたい。こんなに広いんだから別荘でも建てさせてもらえるといいんだけど……」。

「そんなことは断じて許さん」と足元から声がした。姿は見えないが,はっきりした声だ。チェシャ猫が説明する。「モグラだよ。無限国というくらいで,ここは無限に広いんだけど,モグラも無限匹いて,1匹が1区画を占有しているから,君に分け与える余地はないと思うよ」。「その通り。お前さんが立っているこの場所はわしの地所だ」と足元の声が言う。

「その声の主がボスモグラだ」と今度は空から声がした。グリフォンが追いついて降下してくるところだった。

「つまりナンバー1のモグラさ。モグラたちは,1から順に番号が付いていて,その順にボスを渦巻状に取り巻くようにして全区画を占有しているから(図1),余っている区画はない」

「残念! ……え,でも,それって意地悪じゃないですか。だって広さは無限て言いましたよね。だったら,地所の配置を変えれば,好きなだけ空き地は作れますよ。例えば,地所の並びを渦巻状でなくて,一列にしてもらえば(図2),その列以外はどこも空くじゃないですか」

「ふん。そんなことはわしらの勝手じゃ」と地面からの声。「よそのやつらのために何かしてやろうとはちっとも思わん」。「そういうこと」とグリフォン。「君の言うことは正しいけど,このモグラたちは何でも自分たちでは平等に1つずつ分け合おうとするくせに,他の者には一切与えようとしないのだ」。「しかも無限匹なんですよね。なんて意地の悪い! そしたら,どんなものでも彼らの間で分配されると,他には回らないということじゃないですか」「どんなものもということはないさ。実は彼らの餌になっているミミズがいるんだ。ミミズは無限個の環節からできていて頭はあるが尻尾はない。ミミズの環節の色は白と黒があり,面白いことにどの色パターンにも対応するミミズが1匹ずついるんだ。例えば,全環節が白のミミズも,全環節が黒のミミズも,白黒白黒 と交互に色が変わるミミズもちょうど1匹いる。反対に黒白黒白となっているのもいるし,他のパターンも全部ある。1匹のモグラは,ミミズが1匹いれば餌に困らない。モグラたちは,ミミズを自分たちだけで1匹ずつ分け合って,他の者には回らないようにしようと考えたが,どうしても余りが出てしまうことに気がついた。どうしてか,わかるかい?」

アリスはしばらく考えた。わからないので,降参すると,「確か君の世界にも同じことに気がついた人がいるよ。カントールとかいう人だ」とグリフォン。

「こういうふうに考えるといい。全部のミミズを余りなくモグラたちが一匹ずつ分け合えることができたと仮定し,各ナンバーのモグラが得た餌ミミズの色パターンを並べて見る。たとえばこんな表のようになっていると考えてごらん。

 

2011年2月号図

 

次にその表の左上隅から右下に斜めに環節の色を取り出して並べる。上の例だと,○●○○●●…… だ。そして各色を反転させたパターンを考える。上の例だと,●○●●○○…… だ。さて,この最後にできた色パターンのミミズだけど,ナンバー1モグラの餌になっていることがあるかな?」

「わかるわけないでしょ。そもそも,実際の分け方が不明……あ,わかった。ありえないわ。先頭の環節の色がナンバー1モグラの餌とは違うから」

「では,ナンバー2のモグラの餌かい?」

「いや,2番目の環節の色が合うはずがないわ。……とすると,同じ理屈でナンバー3のモグラの餌でもないし……ということはどのモグラの餌でもない。なぜなら,ナンバーnのモグラの餌とはn番目の環節の色が違うはずだから」

「その通り。こうした色パターンを持つミミズは,どのモグラの餌にもならないから,そもそもモグラたちが余りなくミミズを1匹ずつ分け合うのは,不可能なのさ」

この説明を聞いて狐につままれたような顔をしているアリスに,グリフォンは追い討ちをかける。

「ところで,この広野の表面には8の字の形をしたミミズが無数にすんでいるんだ。8の字ミミズの体は太さ0の線でできていて,輪が2つあるという特徴を除 けば形も大きさも1匹1匹バラバラだ。日の光が好きなので,上から見たときに互いに体が重なることはないけど,ある8の字ミミズが作る輪の中に,別の8の字ミミズがいることもある(図3)」

アリスは頭をフル回転させながら,グリフォンの説明についていく。

「モグラたちにとって,8の字ミミズはビタミン剤代わりの貴重な栄養源なので,みんなで1匹ずつ分け合おうということになった。どこにどういう8の字ミミズがいるか調べもせずにそう決めたらしいが,果たして余り物を出さずに自分たちだけで分け切ることができるかね? どう思う?」

 

白黒ミミズの問題はカントールの名前が出てきたことからもわかるように集合論における「可算」と「非可算」にかかわる,数学好きにはおなじみの議論だ。モグラは可算無限匹,すなわち,無限とはいってもたかだか番号が振れる(数えられる)程度の数しかいないが,白黒ミミズは非可算無限匹いるというわけだ。

8の字ミミズの問題は,数学的に簡潔に述べるなら,「ユークリッド平面に8の字と同相な図形を重ならないように非可算個描くことができるか?」ということになる。アリスを助けて答えを出していただきたい。

 

201102

   

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