日経サイエンス  1999年3月号

サイエンス・イン・ピクチャー

カムフラージュの達人 リーフィ・シードラゴン

P. グローブズ(パース・アンダーウオーター・ワールド水族館)

 水は澄み,波は穏やかで,あたりは深い闇に包まれていた。私は同僚と一緒に船尾から夜の海に飛び込んだとたん,背筋がぞくぞくする感じに襲われた。水が凍るように冷たかったのは事実だが,高まる期待のためでもあった。ここはオーストラリア南西部の海岸の沖合い。私たちはこれから,神秘的な響きを帯びた名前の生き物を探し求めて夜間ダイビングを始めるのだ。その生物の名は「ドラゴン」,正確には「リーフィ・シードラゴン」(Phycodurus eques)という。狙うのは,卵を抱えている雄,つまり“妊娠している雄”のリーフィ・シードラゴンだ。
 オーストラリア南西部随一の都市パースにあるパース・アンダーウォーター・ワールド水族館では,この世にも珍しい魚の繁殖を計画している。今,私たちが行おうとしている妊娠した雄のリーフィ・シードラゴンの採集もそのためだ。シードラゴンという名前がつく魚は,世界中でもたった2種類しかいない。1つはリーフィ・シードラゴン。もう1つはその親類筋にあたり,より広く分布するウィーディ・シードラゴン( Phyllopteryx taeniolatus)だ。
 シードラゴンは,タツノオトシゴやヨウジウオとともに,「ヨウジウオ科」という分類学上の1つのグループを形成する。これらの魚は,体の外側がリング状の固い外骨格で覆われていて,いわば鎧(よろい)を着たようになっている。口には歯がなく,細長いパイプ状の吻(ふん)をもっている。
 シードラゴンがタツノオトシゴやヨウジウオと大きく異なる点は,そのよろいを着たような体に,一見,葉っぱのように見える付属鰭(ひれ)が多数ついていることだ。葉っぱといっても,リーフィ・シードラゴンの付属鰭は木の葉(リーフ)のような,平たくて幅広く,しかも複雑な形状をしている。一方,ウィーディ・シードラゴンの付属鰭は,道端に生えている雑草(ウィード)のような細長くて比較的単純な形をしている。

 

 
再録:別冊日経サイエンス233「魚のサイエンス」

再録:別冊日経サイエンス192 「不思議の海」

著者

Paul Groves

西オーストラリアのパース・アンダーウォーター・ワールド水族館で3年半主任アクアリストを務めている。これまでシードラゴンのほか,タツノオトシゴ,亜南極海域の魚類,クラゲ,サンゴ礁に生息する動物など海洋生物を幅広く研究してきた。10年以上の潜水経験をもつグローブスは,海に潜らない人たちにも,水族館などを通じてオーストラリアの海の自然を楽しんでもらいたいと考えている。また,海洋生物の保護活動にも取り組んでいる。

原題名

Leafy Sea Dragons(SCIENTIFIC AMERICAN December 1998)

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