日経サイエンス  1998年8月号

知能はどこまで遺伝で決まるか

R. プロミン(ロンドン大学精神医学研究所) J. C. ディフリース(コロラド大学行動遺伝学研究所)

  人間には,いわゆる知能のあらゆる側面において,非常に大きな個人差がある。その差は,単に学校の中だけで見られるものではない。どれだけの言葉を話したり理解できるか。地図を正しく読んだり道案内に従ってきちんと目的地にたどり着けるか。電話番号を正確に覚えたり,釣り銭の計算ができるか。ほとんどすべての日常生活の場面で,こうした能力の個人差を見ることができる。

 

 言葉を操る力や空間を把握する力などを心理学では認知スキルと呼んでいる。それぞれの認知スキルに個人差が見られるのはあまりに普通のことなので,私たちはこれを自明なものと考えてしまう。けれども,なぜ個人差が生じるのだろうか。

 

 何を学んできたかの違い,つまり,環境の違いが認知スキルの個人差の原因だと考えるのはもっともだ。実際,今世紀の初めごろは,心理学は認知能力の個人差を,もっぱら環境から説明していた。だが最近になって,心理学者の多くが,よりバランスのとれた見方をするようになってきた。つまり生まれと育ちは,認知能力が発達する過程で相互作用しているという考え方である。

 

 過去20~30年の遺伝学的な研究から,知能の構成要素が形成される過程で,遺伝がかなりの役割を担っていることが示されるようになった。認知機能にかかわる遺伝子を見つけようとする研究者も出始めてきている。こうした発見は,決して環境要因が学習プロセスを形作っているという考え方を否定しているわけではない。そうではなく,学習のしやすさに,遺伝子の違いが影響を及ぼしているということを示唆しているのである。(本文より)

著者

Robert Plomin / John C. DeFries

2人は20年以上にわたり共同研究をしている。1974年から1986年までコロラド大学ボールダー校でディフリースとともに仕事をしていたプロミンは,現在ロンドンの精神科学研究所におり,行動遺伝学の教授ならびに社会・遺伝・発達精神医学研究センターの副所長を務めている。ディフリースはコロラド大学の行動遺伝学研究所ならびに同大学付属の学習障害研究センターの所長を務めている。1975年にこの著者たちが始め,現在も進行中のコロラド養子プロジェクトは,これまでのところ3冊の単行本と100編以上の論文を生み出している。プロミンとディフリースはまた,いま3版になる教科書「行動遺伝学」の主著者でもある。

原題名

The Genetics of Cognitive Abilities and Disabilities(SCIENTIFIC AMERICAN May 1998)