日経サイエンス  1998年5月号

血液代替物の探索

M. L. ヌッチ A. アブコウスキー(ともに米ニューパラダイムコンサルティング社)

 血液の機能を代替する「血液代替物」の研究が競って進められている。基礎的な研究は1950年代からあるが,本格化したのは1980年代に入ってから。米食品医薬品局(FDA)や米国立衛生研究所(NIH),国防総省が大規模な会議を開き,研究開発を強力に推進する姿勢を打ち出した。

 

 研究が本格化した背景には2つの要因がある。1つは,輸血血液を使っているかぎりは,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)などのウイルスに感染する可能性を完全にはゼロにできないこと。

 

もう1つは血液の供給不足の不安。今後は献血者数が減少する一方で,何度も輸血が必要になる高齢の患者が増えると考えられ,2030年には米国だけで毎年200万リットルもの血液が不足すると考えられている。

 

 現在の研究の中心は酸素を運ぶ赤血球に代わる血液代替物の実現。その素材として,パーフルオロカーボンというフッ化化合物と,赤血球から得られるヘモグロビンが有力視され,これらを使った製剤の臨床試験が進んでいる。ヘモグロビンは使用期限切れの輸血血液やウシの血液から精製したり,組み換え大腸菌からつくる。

 

 それ以外にも,遺伝子組み換え動物(トランスジェニック動物)によるヒトへモグロビンの生産や,赤血球の表面処理による汎用性が高い輸血血液の開発,赤血球の凍結乾燥,ヘモグロビンをリン脂質膜の人工カプセルで包んだ人工赤血球の開発などが進んでいる。しかし,いずれもまだ本格的な臨床試験には至っていない。(本文より)

著者

Mary L. Nucci / Abraham Abuchowski

2人は1980年代後半からエンゾン社で血液代替物の開発に共同で取り組んできたが,最近,同社を退社してニューパラダイムコンサルティング社を設立,ニユージャージー州を基盤に医学などに関するコンサルティング事業を行っている。ヌッチは免疫の専門家。アブコウスキーは1994年にバイオカウンシル・オブ・ニュージャージーという組織も設立,小児白血病の研究と希少疾病用医薬品の開発にも取り組んでいる。

原題名

The Search for Blood Substitutes(SCIENTIFIC AMERICAN February 1998)