日経サイエンス
日経サイエンスは米国の科学雑誌「SCIENTIFIC AMERICAN」の日本版です。

CONTENTS


メールニュース会員登録(無料)
モバイルマガジンのご案内
定期購読のご案内
SCIENTIFIC AMERICAN
バックナンバーのPDF販売

   現代アジアの巨大建造物

 

1月24日発売の日経サイエンス3月号では40ページを割いて,最近,アジアで相次いで作られた世界最大級の建造物の特集をします。
マレーシアの世界一高いビルや,香港の新空港などが出てきますが,どちらも日本の建築会社が請け負っています。当の会社の方に翻訳をお願いしたのですが,対応の速さに担当者は感心していました。どうも,「政治家,ゼネコン,金」というイメージができてしまったようですが,日本の技術者は本当に優秀なんですよ。まぁ,その苦労を読んで下さい。
もちろん,明石海峡大橋,東京湾横断道路も出てきます。



全国の書店でお求めいただけます

「日経サイエンス」誌は,全国の主要書店でお求めいただけます。


写真

論文タイトルと著者

世界最長のつり橋 −−加島聰/北川信

世界で一番高いビル −−C.ペリ/C.ソーントン/ L.ジョセフ

東京湾横断道路 −−荒川直樹

中国の新しいゲートウエー −−J.コゾワッツ

どこまで伸びる摩天楼 −−W.J.ミッチェル

 


世界最長のつり橋

世界最長の全長約4km(3910m)のつり橋「明石海峡大橋」が1998年4月完成する。豪華客船や大型貨物船が行き交う世界有数の国際航路をまたぐ新たな日本の大動脈が誕生する。

 海上にはつり橋のケーブルを支える2つの塔がそそり立っているが,海面からの高さは102階建て超高層ビルに相当する293m。2つの塔は約2km(1990m)の海を隔てて対峙しており,その間には1本の橋脚もない。塔の間に渡された太いケーブルが12万トンもの力で橋げたをつり上げているからだ。これほど長大なつり橋はこれまで世界に存在しなかった。

 塔の建設と,ケーブルの架設がほぼ終了した1995年1月17日,明石海峡の直下で発生したマグニチュード7.2の大地震が阪神淡路地区を襲った。震源地は明石海峡大橋からわずか約4kmの地点だった。幸い塔,ケーブルともに損傷を受けることはなかったが,2つの塔の間が80cm広がり,淡路島側の塔と橋台との間も30cm拡大,全体では1.1m伸びたことがわかった。大地震対策は十分講じていたが,橋の基礎自体が地殻変動で移動することは想定外だった。

著者
加島聰(かしま・さとし)/北川信(きたがわ・まこと)

2人は本州四国連絡橋公団で明石海峡大橋の設計,建設に取り組んできた。加島は1973年にテキサス大学オースティン校でPh.D.を取得。現在,同公団の第一建設局長。垂水工事事務所長時代には,明石海峡大橋の基礎工事を監督した。北川は1969年に東京大学で工学修士号を取得。現在,同公団の垂水工事事務所長として明石海峡大橋の橋げた工事を監督している。

タイトル一覧に戻る


世界で一番高いビル

人類の文化史上,できるだけ高いものを建てたいという衝動は,あちこちに見られる。クフ王の大ピラミッドからバベルの塔に至るまで,多くの文明があたりを見下ろすようにそびえ立つ構造物を造ろうとしてきた。メソポタミアのジグラット(ピラミッド型神殿)や中国のパゴダ(多層塔)やイスラム教のミナレット(光塔)は,いずれも天国へ至る塔として信仰のシンボルであった。

 今日近代的なオベリスク(方尖塔)といえば摩天楼である。100年以上の長きにわたって 建築家や建設技術者は都市の外観を一変させようと,上へと伸びていく建設技術に関し,現実的あるいは理論的な知識を次から次へと適用してきた。初期の摩天楼はギリシャ風の柱やルネッサンスの塔のデザインをまねしていたが,モダニズムの動きが優勢となった第二次大戦後はシンボリックな形は避けられるようになった。そこで出てきた平らな屋根をもつ四角い構造物は高層ビルと呼ばれ,摩天楼とは呼ばれなかった。最近になってまた建築家は文化的な象徴としての高層建築に関心をもち始めた。その傾向の顕著な例が,マレーシアの首都クアラルンプールにそびえる世界一の超高層ペトロナスツインタワーである。

 88階建ての構造物の尖塔は451.9mに達する。41階と42階のスカイブリッジ(連絡橋)でつながれた威厳のある建物は単なる事務所ビル以上のものがある。この最近完成した建物はマレーシアの経済成長のシンボルとして建つと同時に,この人口1900万人の東南アジアの国におけるイスラム教の伝統を強く主張している。

著者
CESAR PELLI, CHARLES THORNTON and LEONARD JOSEPH

3人はペトロナスツインタワーの設計を共同で行った。ペリはコネチカット州ニューヘブンの建築設計事務所シーザー・ペリ&アソシエーツ社の代表であり,ペトロナスタワーの他にはニューヨークの世界貿易センターやワシントン空港ターミナルを設計している。ソーントンはニューヨークにあるLZAグループのソーントン・トマセッティエンジニアーズ社の会長兼社長である。彼は先駆的な多くのデザインプロジェクトを行った。シカゴにあるオヘア空港のユナイテッド航空ターミナルなどである。またハートフォード・シビックセンターの屋根の崩壊事故や,スコラリーグリーク橋の崩壊の調査にも参加している。彼は「ビル設計における露出構造」をジョセフとの共同で著わしている。ジョセフはソーントン・トマセッティ社の副社長である。彼はビルや橋梁や杭や駐車場や格納庫や工場など,いろいろな構造体の設計を担当してきた。彼の超高層の仕事にはオーストラリアのシドニーにある50階建てのチフレタワーやピッツバーグの54階建てのワンメロンバンクセンターがある。

タイトル一覧に戻る


東京湾横断道路

1997年12月18日,東京湾の中央部を横切り,神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ東京湾横断道路(東京湾アクアライン)が着工以来8年の歳月をかけて開通にこぎつけた。陸上部を合わせると全長約15kmにおよぶ東京湾横断道路は,湾内を行き交う船舶を遮らないよう,海底トンネル(9.4km)と橋(4.4km)を組み合わせた構造になっている。このうち海底トンネル部分は自動車専用としては世界一の規模となっている。

 トンネルの建設には最先端のシールド工法技術が使われているが,現場の技術者を泣かせたのはマヨネーズにもたとえられた軟弱な地盤だった。

著者 荒川直樹(あらかわ・なおき)

フリーのサイエンスライター。

タイトル一覧に戻る


中国の新しいゲートウエー

 1997年7月,香港の中国返還は世界中の関心を集めた。この資本主義経済の砦(とりで)ともいうべき都市が,世界最大の共産主義国へ返還されることによって,どのように変わってしまうか。さまざまな意見が交わされたが,すべてに共通している点は,香港は返還後も変わりなく,「中国ヘの玄関口」としての地位を維持するに違いないということであった。

 この推測を裏付ける理由の1つとして,1998年に完成を目指して進められている総事業費210億ドルの「新空港開発事業」があげられる。この事業は他に類を見ない史上最大規模の公共事業だ。にもかかわらず,香港という都市はこの大事業の計画,承認,資金調達,入札,建設までにいたる一連の業務をわずか7年という短期間でほぼ完成させてしまった。このことは香港が「中国への玄関口」という地位を維持すべく,いかに意欲的に新空港建設にあたってきたかを物語っている。

 事業の核は香港の中心街の西25kmに位置するランタウ島沖のチェク・ラップ・コック島に建設される世界最大級の新空港である。このほかにも同空港と香港島を結ぶ全長34kmの新たな高速道路と鉄道,2つの橋梁及びビクトリア湾を横断する海底トンネルが同時に建設されている。さらに,ランタウ近郊のトゥンチュン地区では,新空港の労働者の需要を見込んで,20万人規模の住宅地開発事業が民間建設業者によって進められている。

著者 John J. Kosowatz

エンジニアリング・ニュースレコード誌副編集長

タイトル一覧に戻る



どこまで伸びる摩天楼

 19世紀の産業革命は,近代的な摩天楼を次々に生みだした。高層ビルは,大勢の勤労者を1カ所に集めるという産業資本主義のニーズに合っていたし,さらに,集中化によって都心の地価は上がり,利用できる土地にはできるだけ多くのフロアを押し込もうという経済的な動機にも結び付いた。

 だが一方では,建物が高くなるほど,構造上必要な支柱やエレベーター,配管がフロアを占める割合が大きくなり,利用できる床面積の増加率が下がる。また,高層ビルは長い影を投げ,危険で不愉快な突風を生み出し,周りの道路を混雑させるなど,悪影響も出てきた。そこで,建設にさまざまな制限が加えられるようになった。記録更新をねらうような高層ビルは,ごくたまにしか建設されなくなり,ますます目立つ存在になった。高さを追い求めるレースはその後も続いた。クライスラービルとエンパイアステートビルが数mを争って,1920年代後半のニューヨークで激しく高さを競いあった話は有名だ。

 さて,近年のデジタル革命は,都市の高価なオフィスで人々が顔を突き合わせて仕事をする必要性をなくしつつある。ビジネス界は,マーケッティングや広報活動のために,地価の高い都心に記念碑のような建物を建てることに金をつぎ込むよりも,インターネットのホームページや人気スポーツのスポンサーになるほうが役に立つと考えるようになってきた。

 では,超高層ビルはやがて恐竜のように滅びるのだろうか。答えはどうやらノーらしい。超高層ビルからの眺めにはある種の快感があるし,富のある者はこうした建設物をつくることに満足感を覚えるに違いないからだ。

著者 William J. Mitchell

マサチューセッツ工科大学建築計画学部学部長

タイトル一覧に戻る



    文責・M.T.

【目次へ】
 
Copyright NIKKEI SCIENCE Inc., all rights reserved