日経サイエンス  1998年2月号

フェルマー最後の反撃

S. シン(科学ジャーナリスト) K. A. リベット(カリフォルニア大学バークレー校)

 1997年6月,ドイツのゲッチンゲン大学の大ホールに集まった500人の数学者を前に,プリンストン大学のワイルズ(Andrew J.Wiles)に権威あるヴォルフスケール賞が授与された。有名なフェルマーの最終定理を最初に証明した人に与えられるものとして1908年に創設されたこの賞の賞金は(現在の価値になおすと)200万ドルであった。1997年の夏までに超インフレとマルクの価値の低下のせいで,もともとの賞金の価値は5万ドル程度にまで下がってしまっていたが,そんなことは誰も気にしていなかった。ワイルズにとって,17世紀のフェルマーの難問を解くことは少年時代の夢の実現であったし,10年間におよぶ精神的集中からの解放を意味していた。大ホールに集まった人びとにとっては,ワイルズの証明は数学の将来に革命をもたらすものであった。

 

 実際,100ページの論文を完成させるために,ワイルズは数学に関する現代的ないくつものアイデアを活用するだけでなく,それらを新たに発展させねばならなかった。とくに,彼は,代数幾何と複素解析にまたがる20世紀が生んだ重要な洞察ともいうべき谷山・志村予想に取り組む必要があった。このために,ワイルズは数学におけるこれら2つの主要な分野をみごとに結び付けたのである。これからは,どちらか一方で何かが見つかれば,もう一方の分野における新しい結果が推察できるようになるだろう。さらに,この橋がかけられた以上,遠く離れた数学的な世界の間に新しい橋がかかる可能性も出てきた。(本文より)

著者

Simon Singh / Kenneth A. Ribet

2人はフェルマーの最終定理について強い関心を共有している。シンは『フェルマーのエニグマ』の著者であり,フェルマーの最終定理についてのドキュメンタリーの共同制作者の1人でもあり,テレビの科学ジャーナリストに転身した素粒子論の研究者である。リベットはカリフォルニア大学バークレー校の数学の教授で,数論と数論的代数幾何学を研究している。リベットは,谷山・志村予想からフェルマーの最終定理が出ることを証明したが,これにより,彼は同僚のバハリ(Abbas Bahri)と共に第1回フェルマー賞を受賞している。

原題名

Fermat's Last Stand(SCIENTIFIC AMERICAN November 1997)