日経サイエンス  1997年12月号

トップクォーク発見への道

T. M. リス(イリノイ大学) P.L.ティプトン(ロチェスター大学)

 1994年4月23日,新聞各紙の一面に「トップクォーク発見」の大見出しが躍った。この発見に至るまでには同じ研究所(米国立フェルミ加速器研究所)に設けられた2つの実験グループの間での10年に及ぶ激しい研究競争があった。CDF,D0(ディー・ゼロ)と呼ばれた両グループはそれぞれ多国籍の物理学者総勢約400人をかかえる大所帯で,リング状の加速器のそれぞれ正反対の側に観測装置を設置,超高速の陽子と反陽子を正面衝突させて,その超高エネルギー状態の中でトップクォークができていないか調べていた。

 

 両実験グループは同じ所内にいても,互いに独立して実験を進め,テータ解析を共同で行うことはなかった。両グループは互いに先制パンチを浴びせようと実験に励んでいた。ただ,どんな実験データでも,解析して一応の結果が出るまでは,ライバルグループに漏らさないことが暗黙のルールとなっていた。1992年10月。CDFグループはとうとうトップクォークが生成したと思われる衝突実験の事例をとらえることに成功した。D0グループもそのころ同様の事例を見つけていた。

 

 だが,1度の衝突実験のデータだけをもって,トップが見つかったとは言い切れない。たまたまトップが生成されたように見えるだけで,実はただの雑音である可能性は否定できないからだ。トップ発見を確かにするには,いくつか異なるやり方でトップが生成されたとみられる事例を観測する必要があった。そのため,前にも増して熱のこもったデータ解析が始まった。その存在が疑いのないものになったのは,新聞報道よりもさらに後,1995年3月のことだった。(本文より)

著者

Tony M.Liss / Paul L. Tipton

2人はCDF の主要部分の開発に加わり,ともにトップクォーク探索グループのリーダーを務める。リスは磁気単極子(モノポール)研究でカリフォルニア大学バークレー校からPh.D.を取得。1988 年からイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究スタッフ。 1990 年にはアルフレッド・スローン奨学賞を受賞。ティプトンは1987 年にボトムクォークの研究でロチェスター大学からPh.D.を取得,現在は同大の研究スタッフ。米国エネルギー省から優秀青年研究者賞を,全米科学財団から若手研究者賞を受賞。ティプトンは熱心なシカゴ・ブルズのファンで,リスはニューヨーク・ニックスの大ファン。著者2人はオール(Lynne Orr )とウィレンブロック(Scott Willenbrock ),さらにはすべてのCDFとDφの同僚に対して,有益な議論をしてくれたことに感謝する。

原題名

The Discovery of the Top Quark(SCIENTIFIC AMERICAN September 1997)