日経サイエンス  1997年12月号

世界最大の放射光施設SPring-8

中島林彦 (編集部)

 「本当にここに建設するのですか。本当にここに」。鹿が出没する緑豊かな,しかし何もない西播磨の丘陵地に案内された理化学研究所(理研)の研究者は,兵庫県の担当者に繰り返し念を押すように聞いた。それから10年。当時,図面に描かれただけの大型放射光施設SPring-8(スプリング・エイト)は,理研と日本原子力研究所(原研)の共同チームによって1100億円の国費を投じて完成し,今月から本格的な実験が始まった。

 

 身の回りにはさまざまな人工の光があふれている。蛍光灯や暖房に使う赤外線,CDを再生するレーザー光,ブラウン管や液晶ディスプレーの光…。しかしSPring-8が作り出す放射光はこのどれよりも桁違いにエネルギーが高く,強い輝きを帯びている。 光を物質にあてて,その物質の性質や構造を調べるとき,光の波長が短いと,光はそれだけ細かな凹凸などの影響を受けて反射したり,透過したりするので,より微細な構造の情報を得ることができる。光の輝きが強ければ,それだけ高密度の光子が物体に衝突するので,ミクロの世界の姿をよりくっきり浮かび上がらせることができる。SPring-8の光は超ミクロの世界を明るく照らす光なのだ。

 

 これほどのパワーをもつSPring-8の光は,ほぼ光速まで加速した電子の進行方向を強力な磁場の力で曲げることで生み出される。こうして作り出される光を「放射光」という。SPring-8が世界最大の放射光施設であるゆえんは,電子の加速エネルギーが放射光施設として世界最高の80億eV(8GeV,1GeVは10億eV)であるためで,SPring-8の「8」もこれによっている。(本文より)