日経サイエンス  1997年5月号

真核細胞誕生の謎を解く「膜進化説」

中村運(甲南大学)

 ラマルク(Jean B. P. A. Lamark)もダーウィン(Charles Darwin)も,その進化論の考拠を得るのに用いた中心的方途は,一見複雑きわまりない生物進化の奥に流れる大河を見いだすことであった。ネオ・ダーウィニズムによると,進化は単にランダムに起こる突然変異の蓄積だけでなく,その結果に方向を与えるものである。すなわち進化のデザイナーは自然淘汰である。

 

 そこで,生命の起原以来40億年にわたる進化は,大きく3つの時代に分けることができる。それらは,(1)代謝進化の時代,(2)細胞内膜分化の時代,および(3)多細胞化の時代にほぼ完成しており,真核時代に入ってもそれらは踏襲されている。そこで第2の時代こそが,細胞に真核化を引き起こすものであったといえる。それは約15億年前の出来事である。

 

 1970年,マーグリス(Lynn Margulis)の著書 Origin of Eukaryotic Cell 〔真核細胞の起原(共生説)〕が世に出たとき,食い入るように読んだ私は「これは間違っている」とつぶやいた。以来5年,これに代わる仮説を構想し,1975年に「膜進化説」を発表した。その後,最新の細胞に関する知見によって,共生説の矛盾をさらけ出しつつある。本論文では,細胞進化の本流は,代謝の進化とその分画化にあり,膜は代謝分画の主役であったことを,生命の歴史を通して論述していく。(著者)

著者

中村運(なかむら・はこぶ)

甲南大学理学部教授,理学博士。1930年,岐阜県に生まれる。1958年に京都大学大学院理学研究科(植物学専攻)修士課程を修了し,甲南大学理学部生物学科の助手として就職。1972年甲南大学教授となり,現在に至る。この間,1968~1969年,米国のパロアルト医学研究所に留学し,分子遺伝学を修める。大学院時代より40年以上,一貫して「細胞代謝の分化」について研究してきた。共生説と真っ向から対決する「膜進化説」の提唱は国際舞台でも注目され,支持者を増やしつつある。『生命進化の7つのなぞ』(岩波書店),『生命進化40億年の風景』(化学同人)など著書多数。