日経サイエンス  1997年1月号

稲の起源は長江中・下流域だった

佐藤洋一郎

 日本をはじめ,アジアの多くの国々で主食として栽培されているイネは,いつ,どこで生まれたのだろうか。また,どのような道をたどって日本に伝わったのだろうか――。最近,こうした問題に興味をもつ人が増えている。

 

 日本人になじみの深いジャポニカ(ヤポニカ)種も含めて,イネはインドのアッサム地方から,中国南西部の雲南省にかけての地域で誕生したというのが従来の定説であった。しかし,著者たちはこの「アッサム-雲南起源説」に疑問を呈している。イネは中国の長江中・下流域で生まれたというのである。

 

 その強力な証拠は,長江の中・下流域に今から7000~8000年前の稲作遺跡があることだ。これらの遺跡から見つかったはイネの中には,栽培イネとともに野生イネがある。また,両者の中間的な種も発見されている。これを考えると,この地がイネの起源地であると見ることは,まちがいではないだろう。

 

 考古学遺跡から見つかるのはまっ黒になった炭化米である。著者たちはこのもののDNA分析をし,これらは明らかにジャポニカ種であることも示している。先ごろ,中国四川省で4500~5000年前の都市国家の遺跡が,日中共同調査団によって発見された。いわゆる「長江文明」だが,これはイネが生み・育んだ文明であろう。

 

 ジャポニカとインディカというイネの種の差を含めて,考古学とDNA分析技術を駆使したイネの起源に関する最新の成果を報告する。

著者

佐藤洋一郎(さとう・よういちろう)

静岡大学農学部助教授,農学博士。1977年京都大学農学部卒,79年同大学大学院農学研究科修士課程修了。国立遺伝学研究所助手を経て,1994年から現職。DNA分析技術を用いて考古学上の謎解きに挑戦している。青森県の三内丸山遺跡の出土植物の分析から,縄文人がクリを栽培していたことを証明した。東南アジアの稲を訪ねて旅行したり,最近は考古遺跡で見つかった植物遺体からDNAをとって「縄文版ジュラシック(?)パーク」づくりを目指している。