1876年の秋,ロンドンの街はある裁判の話題でもちきりだった。「霊能者」を名乗る男が,ひとりの生物学者に告発されたのである。訴えられたニセ霊能者の名はヘンリー・スレード。彼を法廷に引っ張り出したのは,後に大英自然史博物館の館長となる若き日のエドウィン・ランケスターであった。
自然選択説の提唱者チャールズ・ダーウィンは,当時の詐欺まがいの心霊術の横行に怒りを感じており,ランケスターの決断を心から歓迎した。しかし,自然選択説のもうひとりの提唱者で,ダーウィンの友人でもあったウォーレスは,逆にスレードを弁護する側に立った。ウォーレスは優れた研究者であると同時に,熱烈な心霊主義者(スピリチュアリスト)だったのである。
裁判官は「心霊主義は一種の新興宗教と理解することもできるが,自分たちの行為を超自然的現象と偽ることは自然の常道にそって審議されるべきだ」とし,スレードは有罪となった(しかし刑に服することなく英国を退散した)。
ダーウィンはその後,社会的信用を失ったウォーレスを支援しようと努めたが,ふさわしい就職口を見つけることができず,ささやかな恩給をもらえるようにするのがやっとだった。また,ダーウィンと仲のよかった従兄弟のウェジウッドも心霊術に傾倒し,ダーウィンをしつこく説得しようとしたため,2人のあいだは修復できないほど悪化してしまった。スレード事件は,ダーウィンをはじめ多くの人々の心に深い傷を残したのである。(編集部)
著者
Richard Milner
科学史家で,この20年間,チャールズ・ダーウィンに焦点をあてて研究してきた。ダーウィンの生涯について,これまで知られていなかった逸話をすでにいくつも明らかにしている。ミルナーはカリフォルニア大学ロサンゼルス校で人類学の文学修士号 (M.A)を獲得した後,1968年にカリフォルニア大学バークレー校で人間進化について博士号取得試験に合格した。現在は,アメリカ自然史博物館が発行するNatural History 誌の編集者である。Scientific American への寄稿は,今回が2回目。






