日経サイエンス  1996年9月号

ホーキング vs. ペンローズ —時空の本質をめぐる論争

S. W. ホーキング(ケンブリッジ大学) R. ペンローズ(オックスフォード大学)

 現代サイエンスを代表する2人の知性によるまさに歴史的な“対論”である。21世紀に語り継がれていくテーマ・内容であり,難解ではあるがぜひとも読み通してほしい。

 

 いうまでもなく,この2人の“天才”は,宇宙論の専門家に限らず,科学ファンや一般の人々に最もよく知られている。車イスの科学者ホーキングの業績の1つは,量子効果によってブラックホールから粒子が放出できることを示したこと。「ホーキング放射」と呼ばれている。一方のペンローズは,ホーキングの博士論文を審査した先輩で,近著『皇帝の新しい心』や準結晶のペンローズタイリングでよく知られる。ちなみに,ホーキングはケンブリッジ大学,ペンローズはオックスフォード大学の看板教授だ。

 

 宇宙論,量子重力理論,量子力学などに関して,もちろん両者は多くの点で共通の理解に達しているが,注目すべき見解の相違が見られる。まず,ブラックホールの蒸発によって失われる情報の行方の問題。ホーキングが,失われた情報はもう取り戻すことはできないと主張しているのに対して,ペンローズは,量子状態の自発的な測定によって情報が系に戻り,それによって失われた情報が補われていると主張する。

 

 第2の相違点は量子重力理論に関するもので,ペンローズは量子重力理論が時間反転対称性を破るだろうと考えている。しかしホーキングは,自然法則としての時間反転非対称性を認めていない。これは,宇宙誕生の初期は一様だったのに,なぜ宇宙の終わりには多様であるかを説明する際に登場する議論だ。

 

 2人はまた,量子力学の解釈についても,本質的に意見が分かれている。ホーキングは,理論は実験と一致する予言さえ与えればよいと信じている。一方,ペンローズは,実験と理論を単に比較するだけでは現実を説明するには十分でないと思っている。この議論は,かつてアインシュタインとボーアが闘わせた,量子論の奇妙な性質についての有名な論争にほかならない。ペンローズがアインシュタインの立場,ホーキングがボーアの立場をそれぞれ支持する。

著者

Stephen W. Hawking / Roger Penrose

ともに現代を代表する著名な科学者である。ホーキングは1942年生まれで,現在ケンブリッジ大学ルーカス記念教授。理論物理学者。ブラックホールから物質が抜け出ることができることを示すなど,多くの業績をあげている。英国学士院会員。ぺンローズは1931年生まれで,現在オックスフォード大学ラウズ・ボール記念教授。数学者,理論物理学者。宇宙論におけるぺンローズの定理などの業績がある。英国学士院会員。

原題名

The Nature of Space and Time(SCIENTIFIC AMERICAN July 1996)

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