日経サイエンス  2011年8月号

特集:悪魔が開く新たな扉

悪魔が挑む絶対零度

M. G. ライゼン(テキサス大学オースティン校)

 19世紀の物理学者マクスウェルが考案した悪魔は,気体の原子の動きを見て,物理学上の仕事を伴わない操作をほどこす。すると温度を上げずに気体が圧縮される。圧縮した気体は膨張する時に仕事をするので,悪魔は熱を仕事に変換する。
 著者のライゼンはこの悪魔の手法を実際の気体に応用。気体は膨張する時に冷えるという性質を使って,原子や分子を極限まで冷やすことに成功した。従来のレーザー冷却と違って,ほとんどすべての原子と一部の分子を絶対零度近くまで冷やすことができるのが強みだ。
 だがマクスウェルの悪魔は,物理学の基本法則である熱力学の第二法則に反すると思われるからこそ,この名がついているのだ。ライゼンの実験は,第二法則に反しているのだろうか? もちろん,そんなことはない。謎を解く鍵は「情報」だ。ライゼンの手法には,気体の原子についての情報を持ち去る過程が存在する。ライゼンらの手法は,「情報」を持ち去ることでシステムを冷やす新技術だ。
 新技術は情報の物理的な側面に光を当てるだけでなく,ニュートリノの質量測定などの基礎科学に新たな進展をもたらしそうだ。また製薬や半導体産業に役立つ応用も見込まれている。

著者

Mark G. Raizen

物理学者。テキサス大学オースティン校でPh.D.を取得し,現在は同校物理学科のシド・W. リチャードソン基金チェアプロフェッサー。光学トラップや量子もつれについて研究している。父は心臓専門医で,マクスウェルの悪魔の解明の端緒を開いた物理学者のシラードはその患者だった。父の病院でシラードにも会ったことがあるが「残念ながら,幼すぎて記憶がない」そうだ。

原題名

Demons, Entropy, and the Quest for Absolute Zero(SCIENTIFIC AMERICAN March 2011)

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