日経サイエンス  2010年11月号

海の生き物を脅かす酸性化

M. J. ハート(オーシャン・インク) C. サフィナ(ブルー・オーシャン研究所)

 二酸化炭素(CO2)の増加で地球の温暖化が深刻な問題となっていること,本誌やニュースなどでも度々取り上げられているが,そのCO2の影響が海の中にまで及んでいることはあまり知られていない。大量のCO2が海水と反応し,海洋が酸性化しているのだ。

 

 世界の海は人間の活動によって放出されたCO2の約1/3を吸収してきた。海によってCO2の気候への影響はいくぶん緩和されているが,そのために海洋の酸性化という犠牲を払っている。

 

 産業革命以降,海洋表層のpHは0.12下がって約8.1にまでなった。pHは7が中性でそれより低いと酸性,高いとアルカリ性を表し,この数値が小さくなることが酸性化を意味している。0.12の変化はたいしたことのないように聞こえるかもしれないが,pHの値は対数で表されるので,この変化は酸性度が30%上がったことに相当する。私たちが今のペースで温室効果ガスを排出し続ければ,2100年までに海洋上層のpHは7.7か7.8にまで下がると見積もられている。産業革命以前に比べ,酸性度が150%も上がることになるのだ。

 

 このような急激な変化を現存の生物種は経験したことがない。動物プランクトンのカイアシ類や巻き貝,ウニ,オニヒトデなどは,体のpHバランスを維持することに膨大なエネルギーを必要とするようになり,成長や生殖過程に異常をきたすことが実験から示されている。また,最近,米西岸北部のオレゴン沿岸でカキの幼生の死亡率が上がっており,海洋酸性化が原因ではないかと専門家は疑っている。

 

 このように様々な生物種が短期間で絶滅すれば,海の食物連鎖が崩壊する恐れがある。著者らは,CO2の排出目標を海洋酸性化も念頭に置いて,次の100年でpHの低下が0.1以内におさまるよう設定するのが妥当だと主張している。

 

 
再録:別冊日経サイエンス233「魚のサイエンス」

再録:別冊日経サイエンス198「激変する気候」

著者

Marah J. Hardt / Carl Safina

ハートはハワイ島に在住し,科学者,作家,コンサルタントとして活動しており,その拠点としてオーシャン・インクを創設した。サンゴ礁生態学者として教育を受け,ニューヨーク州コールドスプリングハーバーにあるブルー・オーシャン研究所の一員でもあった。世界的な魚の乱獲問題や淡水の保全に至るまで,様々な課題に取り組んでいる。サフィナはブルー・オーシャン研究所の初代所長で,ニューヨーク州立大学ストーニブルック校の非常勤教授でもある。2000 年にはマッカーサー・フェロー(毎年,米国の独創的な人物に送られる賞)を受賞している。著書に『海の歌 人と魚の物語』(共同通信社)や,『Eyes of Albatross: Vision of Hope and Survival』などがある。さらに『The View from to Lazy Point: A Natural Year in an Unnatural World』を近日出版予定。

原題名

Threatening Ocean Life from the Inside Out(SCIENTIFIC AMERICAN August 2010)

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