日経サイエンス  2010年5月号

もうひとつの地球環境問題 活性窒素

A. R. タウンゼンド(コロラド大学) R. W. ハウワース(コーネル大学)

 肥料をまきすぎた農地から窒素が流れ出し,環境と人々の健康に多くの問題を引き起こしている。化石燃料消費に伴う窒素酸化物の発生もあり,問題は悪化している。世界の食糧需要をまかなっていくうえで化学肥料は今後も欠かせないが,より少ない肥料ですませることは可能だし,そうすべきだ。

 

 現在の地球に何十億もの人々が生きていられるのは,100年前のある発見のおかげだ。大気中に豊富にある窒素ガスは不活性で多くの生物は利用できないが,ドイツのカールスルーエ大学にいた化学者ハーバー(Fritz Haber)は1909年,これをアンモニアに変える方法を発見した。アンモニアは化学肥料の活性成分となる。その20年後,ドイツ人科学者のボッシュ(Carl Bosch)がハーバーの考案を産業規模で実現する方法を開発し,世界の農業生産力は爆発的に拡大した。

 

 「ハーバー・ボッシュ法」として知られるこの発明は,人々の福利に貢献した史上指折りの偉業として広く尊敬を集めている。化学肥料は「緑の革命」を支える柱となり,世界人口は20世紀に16億人から60億人へと急増した。

 

 しかし,これは大きな代償を伴うことになった。肥料向けに人間が作り出した反応性窒素(活性窒素種)の大部分は私たちの口には入らずに環境中に残る。自動車や工場で化石燃料を燃やすことで生じる反応性窒素とともに,大気や河川,海へと移動し,善行の物質が手に負えない汚染物質へと豹変する。かねて知られているように,アオコや沿岸のデッドゾーン,オゾン汚染の原因は反応性窒素だ。最近の研究ではさらに,生物多様性を損ない,地球温暖化をもたらし,いくつかの厄介な病気の発病率を上げる恐れも指摘されている。

 

 いま人類が反応性窒素を作り出してそれを加速度的なペースで環境に吹き込んでいるのは,多くの国がバイオ燃料作物や食肉の生産など,肥料を多用する取り組みを活発に行っているのが一因だ。穀物生産に大量の肥料を使い,化石燃料を野放図に燃やすという行いが,南米やアジアなどでも増えている。このため当然ながら,かつては北米とヨーロッパに限られていたデッドゾーンなどの窒素関連問題が他の場所でも生じるようになった。

 

 同時に忘れてはならないのは,サハラ以南のアフリカなど栄養不足の地域で安定した食物供給を可能にするうえで肥料は重要な手段であり,またそうであるべきだという点だ。ただし,国際社会は肥料の使用をより適切に管理して悪影響を減らすよう,一致協力する必要がある。解決策は必ずしも単純ではないが,私たちの手が届かないものでもない。

著者

Alan R. Townsend / Robert W. Howarth

タウンゼンドはコロラド大学ボールダー校の極地・高山研究所と生態学・進化生物学科の教授で,同校の環境研究プログラムの次期責任者。気候と土地利用,地球規模での栄養素循環の変化が陸域生態系の機能にどう影響するかを研究している。ハウワースはコーネル大学の生態学・環境生物学の教授で,人間活動が生態系をどう変えるかについて,淡水系と海の生態系に力点を置いて研究している。

原題名

Fixing the Global Nitrogen Problem(SCIENTIFIC AMERICAN February 2010)

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