日経サイエンス  2009年4月号

特集:進化する進化論

多様性の源 複雑な生物を生む力

変異

D. M. キングズレー(スタンフォード大学)

 1859年,ダーウィンは『種の起源』を発表し,地球上のすべての生きものは1種あるいは数種の生命体の子孫であると提唱した。最初の生命がどのようにして現れたのかについては言及していない。ただ,生命の系譜がひとたび始まれば,生物はゆっくりと変化を始め,完全に自然のプロセスによって多様化が進むと考えた。つまり,生物はみな変化し,それぞれの相違は遺伝していくということだ。ある環境で望ましい形質をもつ個体は生き残り,不利な形質をもつ個体より多くの子孫を残す。このため,有利な形質は時を経て「自然選択(自然淘汰)」という不可避の過程によって蓄積されていく。ダーウィンは,自然に発生した変異と生殖の差異が積み重なるといかに大きな力となるかを読者に納得させるために,人為的な育種を例に挙げて,わずか数世紀で作物やハトやイヌの大きさや形が大きく変化したことを説明した。

 ダーウィンの理論が世に問われてから150年を経た現在,形質はどうやって次世代に受け継がれるか,そうした形質がどのように変化して進化していくのかといった重要な問題は,遺伝子やゲノム研究の著しい進歩によって解明されつつある。ダーウィンの理論と同様,変異の要因の多くはシンプルだが,その影響は非常に大きい。そしてダーウィンの理論にふさわしく,重要な知見は段階を経て徐々に明らかになった。その多くは『種の起源』の出版からほぼ50年ごとに得られている。

 『種の起源』発表されてほぼ50年後,メンデル(Gregor Mendel)が行った有名なエンドウの育種実験が再発見され,親から子孫へと受け継がれる明瞭な実体,すなわち遺伝因子の存在が認識されるようになった。さらにその半世紀後,1953年にはワトソン(James D. Watson)とクリック(Francis Crick)によってDNAの構造が明らかにされ,染色体上の遺伝情報はデオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれる分子が担っていることが突きとめられた。
 現在では,DNAの長い鎖の中に自然に生じた変化(突然変異)は世代をこえて受け継がれ,その変異はかなり規則的に生じることが明らかになっている。新しく有用な形質は,シンプルでランダムな突然変異によって生まれる。生物の多様性を生み出しているのは,分子レベルでの偶然の変化の積み重ねなのだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス185 「進化が語る現在・過去・未来」

著者

David M. Kingsley

スタンフォード大学医学部の発生生物学の教授で,ハワード・ヒューズ医学研究所の研究者。遺伝子が骨格や関節の発生および維持を制御する仕組みを探るキングズレーの研究は,現代人の健康問題に,また過去数千年間に現れた動物の新たな形状の進化に光を当てつつある。複数の遺伝の基本メカニズムがどのように働いて,多様な生物の自然集団で新たな形質を作り出しているかを明らかにした。

原題名

From Atoms to Traits(SCIENTIFIC AMERICAN January 2009)

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