日経サイエンス  2008年12月号

特集:ネットが蝕むプライバシー

プライバシー2.0を考える

問題提起

E. ダイソン(評論家&ネットベンチャー投資家)

 現代社会で一般市民のプライバシーが侵害されていることは疑いようがない。今日,ほとんどの米国人はネットでつながっており,そして多くの人は「いったいどうやって,私に関するそんな事実を知ったんだ?」と思った経験が一度ならずあるだろう。米国政府はさまざまな場面で市民の個人情報を収集し,その情報収集活動もわかりにくくなっている。誰かが,とりわけ政府が,私たちの素性を調べる試みをしさえすれば,もはや匿名のまま行動するのは難しい。

 

 一方では,個人情報を開示してもいいのではと思わせる状況も新たに生じている。1つは個別化医療(オーダーメード医療)が近く実用段階を迎えることだ。カルテなどから得られる詳細で正確な医療情報と遺伝情報があれば,患者ごとに最適の治療ができる。そうしたデータは疫学上の分析にも役立つので,社会全体の福祉を高めることにもつながるだろう。

 

 2つめは多くの人がソーシャルネットワーク(友人や知人などのつながりでできたネットワーク)のサイトで自身の個人情報を他人と共有して楽しむようになったこと。3つめに,これは好ましいことではないが,テロの脅威が高まっていること。安全とセキュリティーの確保という名の下に,多くの人が政府に個人情報を提供せざるを得ない状況になっている。

 

 過去においてプライバシー問題の多くがあまり重視されていなかったのは,個人情報の収集が困難だったからだ。しかしネット社会が到来し,そうした困難はほぼ消え去った。今や普通の人々の私生活も有名人並みの衆人監視の下にある。日々の行動は筒抜けで,体重の増加や日常のちょっとした不運な出来事などが話題にされる。かつてはあからさまに尋ねられることのなかった類の質問も浴びせられるようになった。「あの昼食はデートだったの?」「あなたの一番の友人は誰?」などと。

 

 今回の特集は主に,プライバシーを脅かす技術的要因と,逆にプライバシーを守る技術を扱っている。ここでは,現在のプライバシー問題を考える上で基本的なポイントを提示したい。

著者

Esther Dyson

ネットベンチャー企業の活動的な投資家として知られる。投資先は遺伝子情報サービスの23アンドミー,難病患者のソーシャルネットワーキング・サービスのPatientsLikeMe,迷惑メール対策サービスのBoxbeなど。ほかの9人とともに自身の全遺伝情報と関連した健康情報をパーソナル・ゲノム・プロジェクトで公表する予定。「先だって健康保険に加入しようと思い,代理店を訪ね,私のゲノムを知りたいかと尋ねたら丁重に断られた」という。ネット社会でのプライバシー問題を扱った著作「Release 2.0」を1997年に出している(邦訳は『未来地球からのメール 21世紀のデジタル社会を生き抜く新常識』吉岡正晴訳,集英社,1998年)。

原題名

Reflections on Privacy 2.0(SCIENTIFIC AMERICAN September 2008)

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