長い間,動物どうしの形態上の差異はゲノムの違いを反映したものだと考えられてきた。だから,ゲノムを比較すれば,違いを生み出している遺伝子を突き止められると思っていた。ところが,マウスやラット,イヌ,ヒト,チンパンジーなど哺乳類のゲノムを比較してみると,持っている遺伝子はどの動物も非常に似通っていた。それぞれの動物のゲノムに含まれる遺伝子の概数(ざっと2万個ほど)や,多くの遺伝子の位置関係は1億年以上にわたる進化の過程でかなりよく保たれてきた。
遺伝子数や位置にまったく違いがないというのではない。しかし,遺伝子のリストを一見しただけでは,そのゲノムがマウスのものなのか,それともイヌやヒトのものなのかはわからない。例えば,マウスとヒトのゲノムを比較してみると,ヒトの遺伝子の少なくとも99%について,マウスでもそれに相当する遺伝子が見つかる。
個々の遺伝子を詳細に調べても,やはり同じような種間の類似性が見られる。ある動物の遺伝子と,別の動物種でそれに相当する遺伝子のDNA配列を比べてみると,一般によく似ており,その遺伝子がコードするタンパク質も似ている。違いがあるとしても,それはその2種が共通祖先より分岐してから経過した時間の長さを反映したものにすぎない。このように,タンパク質をコードする遺伝子の配列は進化の過程でよく保存されてきた。だが,何だか不可解な気分になる。特に体の作りや模様などのパターンに関係する遺伝子のことを考えるとなおさらだ。
受精卵から成体になるまでの発生期間中,動物の体の構造とパターン形成に使われる遺伝子は,遺伝子全体のごくわずか,10%未満にすぎない。残りの遺伝子はさまざまな臓器や組織の細胞の中で,日常的な活動を支えている。体の各部位の数(肋骨の本数など),サイズ,形状,色などに見られる違いを,動物間の解剖学的差異というが,そうした差異には体作りの遺伝子がかかわっているはずだ。実際,遺伝子は進化の上で中心的な役割を果たしており,そうした遺伝子の役割や,解剖学的発達に関連する過程についての研究は進化発生生物学(evolutionary development biology),略して「エボデボ(evo-devo)」と呼ばれている。
私たちのようなエボデボの専門家にとって,体を作るタンパク質が,それ以外のタンパク質よりも,種によらず互いにより似通っているという発見はとても興味深いものだった。マウスとゾウのように形態が大きく異なる動物の体が,区別できないとてもよく似たタンパク質セットによって形作られているとは,どういうことだろう?
同じことがヒトとチンパンジーとの間にもいえる。チンパンジーは現生の動物としては最もヒトに近く,そのタンパク質の大部分は,ヒトのタンパク質と非常によく似ている。各タンパク質を構成する数百個のアミノ酸のうち,異なるのはせいぜい1個か2個だ。それどころか,ヒトのタンパク質の29%は,チンパンジーのものとアミノ酸配列がまったく同じだ。
著者
Sean B. Carroll / Benjamin Prud'homme / Nicolas Gompel
3人は,遺伝子の発現を調節する配列の進化が,動物の形態をどのように変えてきたかについて,数年がかりで研究を行ってきた。キャロルはハワード・ヒューズ医学研究所の研究者で,ウィスコンシン大学マディソン校の分子生物学・遺伝学教授も務めており,進化に関する2冊の一般書を出している(1冊は邦訳もある。下記参照)。プリュドムとゴンペルは,かつてキャロルの研究室のポスドク研究員だったが,現在はフランスのマルセイユ・リュミニ発生生物学研究所の自身の研究室で動物の形態と行動の進化を研究している。
原題名
Regulating Evolution(SCIENTIFIC AMERICAN May 2008)
サイト内の関連記事を読む
Duffy型/イトヨのPitx1遺伝子/エボデボ/エンハンサー/ショウジョウバエのYellow遺伝子/モジュール/形態形成/転写因子







