日経サイエンス  2008年8月号

エイズワクチンはいつできる?

JR ミンケル(SciAm.com記者)

 10年前,クリントン大統領は10年以内にエイズワクチンを開発する国家目標を定めた。当時,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に世界で約2500万人が感染していた。大統領は米国立衛生研究所(NIH)に研究センターを設立して他国の参加も求めると述べた。

 

 「保証はない」。大統領は語った。「最高の知性を結集し,集中的に取り組む必要がある。しかし近年の進歩で,エイズワクチンを開発できるかどうかはもはや問題ではなくなった。問題は,いつ開発できるかだ」。

 

 感染症の専門家は,この目標設定が楽観的すぎると警告した。その指摘は正しかった。現在,世界で組織的な取り組みが進み,投入資金も以前の4倍に達しているのに,エイズワクチンはまだ存在しない。「私たちはHIVがいかに恐るべき敵であるかを学んだ」と,国際エイズワクチン推進構想の研究開発担当副理事長コフ(Wayne Koff)はいう。

 

 1980年代初めにHIVがエイズの原因であると特定されると,研究者たちは当初,数年でワクチンができると確信していた。ワクチンは身体を病原体やその断片にさらすことで作用する。これによって,病原体に結合して細胞への侵入を防ぐ抗体が大量にできるようになる。エイズウイルスの表面に存在する1つのタンパク質が特定され,gp120と名づけられた。ウイルスがヘルパーT細胞(免疫反応を調節しているT細胞)に感染して破壊するうえで必要としているタンパク質で,優れたワクチン候補になると思われた。

 

 gp120ワクチンの初期の試験結果も有望に見えたのだが,楽観ムードは1990年代初めまでに薄らいだ。研究室の状況に適応したエイズウイルス株にしか作用しないことがわかったためだ。2003年,バクスジェン社が製造したgp120ワクチンの有効性を調べた第3相臨床試験の結果がまとまったが,感染防止はできず,循環血中のウイルス数を減らすこともできなかった。

 

 そのころまでに,別のワクチン戦略が追求され始めていた。HIVの遺伝子断片を,部分的に不活化したHIVとは別のウイルスに組み込む。これを用いれば,致命的な感染症を起こすことなく,細胞にHIV遺伝子を送達できるだろう。そして感染細胞はHIVタンパク質を生産し,細胞表面に提示する。これによって免疫系のT細胞が活性化され,このタンパク質を攻撃するようになり,体内の別の場所にいる本来のHIVも攻撃を受けるはずだ。

 

 製薬大手のメルクはエイズワクチン臨床試験ネットワーク(HVTN)とともに,アデノウイルスに3つのHIV遺伝子を組み込んだワクチンの有効性を調べるため,2004年末に第2相臨床試験を始めた。2007年9月時点でデータを概観したところ,このワクチンを注射した被験者もエイズを発症し,偽薬を注射した被験者とあまり変わらなかった。南北アメリカとオーストラリアの3000人が参加したこの試験は中止され,2006年に南アフリカで始まっていた2つめの治験も取りやめになった。なぜ効かなかったのか,どうすれば改良できるのか,研究者たちは解明を急いでいる。

 

 このほか,NIHのワクチン研究センターが開発した広域スペクトラムワクチンなど,いくつかの有力なワクチン候補が研究されている。10年を経て,専門家たちは以前より正確に将来を見通せる位置に達した。十分に効果的なエイズワクチンの実現はまだ遠いというのが,一致した見方だ。「永久にできないという人もいる。それが誤りだとはいえない」とハマーは語る。

 

 しかし,こう付け加える。「科学に基づいたある程度の楽観主義なしには,この分野に足を踏み入れるべきではない。世界はワクチンを求めている。現時点であきらめるのは,科学を見くびることに等しい」。

原題名

Where is the AIDS Vaccine?(SCIENTIFIC AMERICAN BODY December 2007)

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