日経サイエンス  2008年5月号

海面上昇を招く新たな脅威 なだれ落ちる氷床

R. E. ベル(コロンビア大学)

 「南極の氷が解けて海面が上昇する!」。アル・ゴアの『不都合な真実』でも話題になったが,地球温暖化にともなう問題のひとつとして懸念されているのが海水面の上昇だ。南極大陸には地球の氷の約9割が存在し,大陸の上に氷床や氷河としてのっている。もし南極の陸地の上にある氷床が消えてすべて海に入れば,地球全体の海面は60m上昇するといわれている。

 

 氷床は長い年月の間に岩盤の上をすべりながら,徐々に海に流れ込む。この氷が海に流れ込んで蒸発する水分量と,南極大陸に降る雪の量はほぼ拮抗しているため,海水面は一定に保たれてきた。だが気温が上がり,氷が解け出すと海に流れ込む速度が速まり,海面が上昇する。こうしたモデルから,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は今後の海面上昇を予測している。

 

 だが実は,この予測モデルに含まれていない海面上昇の要因がある。南極の氷の下には,湖や川など大規模な水系が存在し,潤滑剤のように氷床をすべりやすくしているのだ。またこの“潤滑剤”があるために,氷床は従来考えられたより不安定で,少しの刺激でも崩れやすいものらしい。氷床の末端,海に突き出して浮かぶ棚氷が崩壊すると,歯止めがなくなった氷床は急速に海にすべり落ち,海面上昇を招く可能性がある。実際に2002年のラーセンB棚氷の崩壊で,氷流の速度が速まっていることがわかった。いま研究者たちは,氷の底で起きている現象のメカニズムをとらえようとしている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス198「激変する気候」

著者

Robin E. Bell

コロンビア大学地球研究所のADVANCEプログラムの長を務める。コロンビア大学のラモント・ドハティー地球観測所のドハティー上席研究者も兼任し,南極の主要研究プログラムを指揮している。氷床崩壊のメカニズムのほか,南極氷床下の寒冷環境についても研究しており,7回の南極遠征を率いてきた。米国科学アカデミーの極地研究委員会の会長で,国際極年の国際計画グループの副会長でもある。

原題名

The Unquiet Ice(SCIENTIFIC AMERICAN February 2008)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

ラーセンB棚氷西南極グリーンランド氷河下湖国際極年