日経サイエンス  2007年10月号

免疫を悪用するがん

G. スティックス(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 最近まで,がんの原因として研究者は主に遺伝子変異に注目してきた。しかしこの10年で,腫瘍の成長と悪性化の過程に免疫系の炎症性成分が動員されていることがわかってきた。通常なら傷の治癒にかかわっているものが,がんの悪性化を招いているらしい。

 

 炎症反応は生存に不可欠な仕組みだ。刺し傷などの損傷が生じて細菌が侵入してくると,自然免疫系が応答し,免疫細胞を武器に侵入者と戦う。ところが,前がん組織ではこの仕組みが悪用され,がん細胞を増殖させたり,がん組織に栄養や酸素を送るための血管を成長させたりすることが明らかになった。がん組織が拡大して周囲の組織を侵略し始めると悪性がんとなるが,発がんからこの状態に至るまでには数年から数十年かかると見られる。

 

 こうした悪性化や転移のメカニズムがわかってきたことで,従来の化学療法とは違った新世代の薬が検討されている。現在の化学療法や放射線療法はがん細胞を殺すのが目的だが,自然免疫系の働きを退け,炎症を抑えような新たな化学療法を用いれば,既存薬の効果を補強しつつ,固形腫瘍や前がん組織をその場に封じ込めておくことが可能になるかもしれない。さらに,この治療法は心臓病やアルツハイマー病など他の慢性疾患にも有効と考えられる。

 

 

再録:別冊日経サイエンス213「生命解読2 細胞から個体へ」

原題名

A Malignant Flame(SCIENTIFIC AMERICAN July 2007)

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