日経サイエンス  2007年9月号

生命の起源 RNAワールド以前の世界

R. シャピロ(ニューヨーク大学)

 ドーキンス(Richard Dawkins)は著書『利己的な遺伝子』で最古の生命体についてこう書いている。「ある時点で,特別な驚くべき分子が偶然に形成された。それをレプリケーター(自己複製子)と呼ぶことにしよう。それは最も大きい分子でも,最も複雑な分子でもなかっただろうが,自己を複製できるという並はずれた性質を備えていた」。
 
 ドーキンスが30年前にこれを書いたときには,最初のレプリケーターの最有力候補としてDNAが挙がっていた。その後,最古のレプリケーターの候補としてRNAに研究の焦点があてられるようになった。RNAは遺伝情報を貯えることができるだけでなく,酵素としての機能があることもわかったからだ。ここでは,RNAが生命の起源にかかわっていたという考えを「RNA起源説(RNA-first)」と呼ぼう。
 
 だが,私をはじめとする他の研究者は,レプリケーターから生命が生まれたというモデルそのものに,基本的に欠陥があると考えている。もっと可能性の高い考え方がほかにあるように思うのだ。「リプリケーター起源説」に対し「代謝起源説」と呼ぶ。
 
 RNA起源説は「自己複製するRNAがそもそもどうやって生じたのか」というきわめて難しい問題に直面している。物理法則を破らずにRNAが自然発生的に生じてくる可能性はゼロではない。だが,それが起こらない可能性のほうがはるかに高い。
 
 細胞の構造に関する研究でノーベル賞を受賞したド・デューヴ(Christian de Duve)は「奇跡と呼ぶ以外にないほど,きわめて起こりそうにもないこと,つまり科学的探究の枠組みに収まらない現象を拒絶する態度」を求めた。してみると,DNAやRNAやタンパク質などの精密な巨大分子は,生命の起源に直接かかわった物質と考えるべきではない。非生物界はそういう分子の代わりに,機能を持つさまざまな小さい分子の混合物を提供してくれたのだろう。こうした混合物から,納得のいく理論を考えてみよう。

著者

Robert Shapiro

ニューヨーク大学の化学科の名誉教授および上席研究者。DNA化学に関する125編以上の論文を発表している。環境化学物質によって私たちの遺伝物質が破壊され,突然変異やがんに結びつく変化が起こる仕組みをおもな研究テーマとしている。

原題名

A Simpler Origin for Life(SCIENTIFIC AMERICAN June 2007)

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