日経サイエンス  2007年7月号

狂犬病からの生還

R. E. ウィルビー(ウィスコンシン医科大学/ウィスコンシン小児病院)

 2004年,ミルウォーキーにあるウィスコンシン小児病院の私たち医師団は,コウモリに噛まれて狂犬病になった15歳の女子高生の命を救った。患者を昏睡状態に誘導したうえ,狂犬病ウイルスを抑える薬や脳を保護する薬を投与した。

 

 この治療法を他の患者に適用して成功した例はまだない。しかし,私たち医師団が取った措置を科学的に検証すれば,この恐ろしい病気を治療する道筋が開ける。発展途上国ではいまだに狂犬病が多く発生しており,費用があまりかからず信頼性の高い治療法ができれば多くの人命が救われるはずだ。

 

 狂犬病は最も古くから恐れられてきた病気のひとつだ。脳がやられ,不安と恐怖感,痙攣(けいれん)が生じる。飲食しようとすると,喉が痙攣して苦しい。やがて麻痺がやってくる。ワクチンによって病気の進行を防ぐことは可能だが,狂犬病の動物に噛まれた後すぐに接種しないと望みはないと考えられていた。噛まれてから2カ月以内に症状が現れ,そうなると死は避けられない。通常は発症から1週間以内に死亡する。

 

 しかし,ウィスコンシン州フォン・デュ・ラックに住むジーナ・ギーズ(Jeanna Giese)はワクチン接種なしで狂犬病から生還した初の患者となった。私たちが施した治療法は「ミルウォーキー・プロトコル」と呼ばれ,専門家の間に論議を巻き起こしているが,私はこの治療法が正しいことを心から願っている。少なくとも動物を対象にした研究を始めて,プロトコルのどの要素が狂犬病治療に役立つのかを明らかにすべきだ。

 

 ミルウォーキー・プロトコルの背景になったのは,狂犬病の専門家たちが30年近く前から指摘してきた謎だった。狂犬病患者は脳に何の障害も生じていないように見えるにもかかわらず,死亡する。また,数週間の手厚い看護の末に亡くなった患者の体内には,もはや狂犬病ウイルスが見られない。人体の免疫系は時間をかければウイルスを一掃できるのだが,この作用が遅すぎて,救命には到らないのだ。

 

 これら2つの事実から,私たちは急遽,1つの戦略を立てた。薬剤を注意深く用いてジーナの意識を長期にわたって失わせれば,脳の望ましくない働きを抑えられるだろう。これによって身体へ恐ろしい悪影響が出るのを抑止でき,免疫系が遅れを取り返すまでジーナを生かしておけるはずだ。

 

 この戦略が成功し,ジーナは予想よりも3カ月早く2005年1月1日に退院できた。今年には高校を卒業する予定で,獣医を目指している。狂犬病が死亡率100%の病から治癒率100%に変わると期待するのは行き過ぎだろう。しかし私たちはいま,少なくとも治癒率を改善できるチャンスを手にしている。

著者

Rodney E. Willoughby, Jr.

ウィスコンシン医科大学の小児科学の准教授で,ウィスコンシン小児病院で小児感染症の臨床医として活動している。プリンストン大学とジョンズ・ホプキンズ大学医学部を卒業後,小児科学と小児感染症,炭水化物の生化学などで研修を重ねてきた。狂犬病のほか,脳性麻痺や,薬剤耐性菌による院内感染を抑えるための抗生物質循環やプロバイオティクスを研究している。2006年,慈善団体のチルドレンズ・ミラクル・ネットワークから功労賞を受賞した。

原題名

A Cure for Rabies?(SCIENTIFIC AMERICAN April 2007)

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