日経サイエンス  2007年3月号

さらばキログラム原器

I. ロビンソン(英国立物理研究所)

 原器という人工の物体に頼った「キログラム」の定義はもはや時代遅れだ。不変の自然定数に基づいて質量を高精度で定義し直す試みが進んでいる。

 

 過去100年以上にわたり,質量の基本単位はパリ郊外,国際度量衡局(BIPM)の小さな研究室に保管されている「国際キログラム原器」によって定義されてきた。白金とイリジウムの合金で精密に作られた円柱は高さと直径がともに39mmで,国際単位系(SI)によれば,この質量が「1キログラム」の定義だ。

 

 しかし,実際には国際原器そのものの質量が時とともに変動していることがわかっている。国際原器を同時期に作られた他の質量標準器と比較した相対変化や,質量に関連する基本定数の新旧の測定値を解析した結果から,過去100年間で50μg以上の増減があったとみられる。空気中の不純物が原器にくっついて蓄積したり,原器が摩滅したりといった原因が考えられる。

 

 基本単位が時とともに変動しないよう保証することは非常に重要だ。質量についても自然界の基本的な性質に基づく新たな定義に改める必要がある。2つの方法が考えられている。「アボガドロ定数」の考え方に基づく方法と,「プランク定数」に関連する方法だ。アボガドロ定数は12gの炭素12が含む原子の個数であり,プランク定数は光子のエネルギーをその周波数から計算するときなどに使われる基本的な値だ。質量の単位を国際キログラム原器に頼らずにもっと正確に再定義するなかで,こうした定数について最適の推定値を選んで値を“確定”できるだろう。

 

 アボガドロ定数に基づく方法については,純粋なケイ素1kgに含まれる原子の数を正確に数え上げるプロジェクトが国際協力で進んでいる。一方のプランク定数に関連する方法は,「ワットバランス(電流天秤)」という装置を利用して機械的な仕事率と電気的な仕事率を間接的に比較することによって,長さと時間,量子力学的効果を使って質量を計測する。

 

 一連の努力によって,キログラムだけでなく,アンペア(電流)やケルビン(絶対温度),モルの新標準が2011年までに実現すると期待されている。確固として安定な標準システムは,科学と技術を引き続き進歩させる基盤となるだろう。

著者

Ian Robinson

英国立物理研究所(NPL)のフェロー。オックスフォード大学でM. A. を,ロンドン大学ユニバーシティカレッジでPh. D. を取得。NPLで作られた3世代のワットバランス(最新設計の装置は最近完成した)のすべてを使って研究してきた。電気磁気諮問委員会で,キログラムの安定性を監視する電気的手法に関する作業部会を率いている。

原題名

Weighty Matters(SCIENTIFIC AMERICAN December 2006)

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