日経サイエンス  2007年3月号

愛犬が教えてくれるガン治療の手がかり

D. J. ウォーターズ(パデュー大学) K. ウィルダシン(医学ライター)

 60歳の男性が前立腺ガンの手術を終え,自宅に戻って療養している。彼の慰めとなっているのは,かたわらの年老いたゴールデンリトリバーだ。数年前,米国立ガン研究所の所長は,「ガンによる苦痛と死亡を2015年までになくす方法を見つけよう」と研究者に呼びかけた。この男性もおそらくそのことは知っているだろう。しかし,彼の横にたたずむ愛犬がそうした研究で重要な役目を果たす可能性があることには,おそらく気づいていない。

 

 野心的な「ガン2015計画」を達成するには,研究に使えるものはすべて利用する必要がある。新しいアイデアを進んで受け入れる姿勢もその1つだ。ガン細胞の性質については,かつてないほど多くのことがわかっている。しかし,その知識が,実際に患者の命を救うことにあまり結びついていない。この遅れはもはや容認しがたい。ラットやマウスに人工的に誘発したガンを治療する薬は数多く発見されている。しかし,そうした薬で臨床試験をしてみると,なかなかうまく働かないのが実情だ。ヒトのガンに似せるように作られたネズミ類のモデルでは不十分だ。ガンに打ち勝つには,新たな道を切り開かねばならない。

 

 さて,ご存じだろうか,米国では全世帯の1/3以上がイヌを飼っており,1年間に約400万頭がガンと診断されると推定されている(日本でのイヌの登録件数は2004年度で約630万頭)。致死性の前立腺ガンが自然に生じる動物は,イヌとヒトだけだ。ペット犬に見られるタイプの乳ガンは,ヒトと同じく骨に転移しやすい。そしてイヌで最も頻繁に見られる骨肉腫(骨のガン)は,ヒトの10代に見られる骨肉腫と同じだ。

 

 比較腫瘍学という新しい分野の研究者たちは,こうした類似性に着目することで,ガンと戦うための新しいアプローチが生まれると考えている。動物とヒトに自然に発生するガンを比べ,両者に見られる顕著な類似性や差異を研究するのだ。

 

 現在,比較腫瘍学では,ペット犬のデータを「ガン2015計画」の目標達成に役立てようとしている。よりよい治療法の発見,薬の最適用量の決定,発ガン性の環境要因を見つけること,悪性腫瘍にかかりにくい人がいる理由を解明すること,そしてガンの予防法を見つけ出すことなどが目標だ。「ガン2015計画」の期日が刻々と近づきつつあるなか,比較腫瘍学者たちはこう問いかける。愛犬のガンによる死を悲しむだけでなく,彼らの死を研究資源として利用して,ほかのペットを助けたり,ヒトの治療に役立てることはできないだろうか?

 

 

再録:別冊日経サイエンス209「犬と猫のサイエンス」

著者

David J. Waters / Kathleen Wildasin

2人はガンに関する刺激的で新しい考え方に興味をもっている。ウォーターズはパデュー大学の比較腫瘍学教授で,パデュー加齢ライフコースセンターの副所長,インディアナ州ウェストラファイエットにあるジェラルド P. マーフィー・ガン財団の常任理事を務めている。コーネル大学で獣医学を学んで獣医師の資格を取得し,ミネソタ大学で獣医外科学のPh. D. を得た。ウィルダシンはケンタッキー州を拠点として仕事をしている医学・科学ライター。

原題名

Cancer Clues from Pet Dogs(Cancer Clues from Pet Dogs)

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