日経サイエンス  2006年6月号

星間旅行者を宇宙線から守る

E. N. パーカー(シカゴ大学)

 宇宙旅行者にとって最大の脅威はSFの世界では猛スピードで接近する小惑星や,飢えた異星人,帝国の宇宙戦艦といった類のものだ。しかし現実に人類が宇宙旅行に出かける場合,最大の脅威は宇宙線と呼ばれる高速粒子だ。これは目に見えないほど小さい。長期の宇宙旅行で旅行者が浴びる宇宙線の量は,ガンを引き起こすほど深刻な放射線量に匹敵する。宇宙旅行をするために立ちはだかる課題の多くは今後,十分な時間と資金さえあれば技術者が解決していくだろう。だが宇宙線がもたらすリスクは解決のメドがたっておらず,根本的な二律背反を伴っている。宇宙線は火星旅行の道を閉ざすものとなりかねない。

 

 当初,宇宙線は実験室におけるちょっとした厄介者としてその存在をあらわにした。宇宙線が発見されたのは,帯電した物体がそのままの状態を保たず,電荷が空気を通して徐々に失われていくことに物理学者が気付いたときだった。何かが空気をイオン化して電気を通すようにしているに違いなかった。研究者の多くは,地面の土や岩の周辺環境放射能のせいだと考えた。1912年,オーストリアの物理学者ヘス(Victor Hess)は気球で空に昇り,高度が高くなるほど検電器から急速に電荷が失われることを明らかにして,この問題を決着させた。空気をイオン化させる原因は,宇宙からやってくる謎の存在だ。それは「宇宙線(cosmic ray)」と名付けられた。

 

 1950年までに,物理学者たちはこの名称が実際には誤りであることに気付いていた。宇宙線は光線ではなくイオンであり(ほとんどは陽子で,少数の重粒子が混じっている),光速に近い速度で大気圏表面にぶつかる。何が宇宙線をこれほどの速度に加速しているかはいまだにわかっていない。かつて宇宙線を厄介者とみなした研究者たちは,今度は宇宙線を観測手段に利用した。1950年代末に私たちは,宇宙線の強度変化をもとに太陽風の存在を導き出した。

 

 宇宙線の襲来から地上の人間を守っているのは,一般的に考えられている地球の磁場ではなく,大量の大気だ。地表1cm2上には1kgの大気がのっている。宇宙からやってきた陽子が空気中の原子の原子核に当たるまでに,平均するとだいたい約70gの空気の柱を通過する必要がある 。 これは,大気圏の約1/14の距離,すなわち高度20~25kmに相当する。さらに下の大気は,この最初の衝突によって生じたものを吸収する働きを担う。

 

 衝突は,原子核から1~2個の陽子または中性子をはじき出し,高エネルギーのガンマ線とパイ中間子(パイオン)を大量に発生させる。それぞれのガンマ線は大気圏のさらに奥へと伝わり,最終的に電子とその反粒子である陽電子(ポジトロン)を生み出す。これら2つの粒子は相互に打ち消し合って,より低エネルギーのガンマ線を生み,ガンマ線が弱まって粒子を生み出さなくなるまで,こうしたサイクルが繰り返される。

 

 一方,パイオンはすぐに崩壊してミュー中間子(ミューオン)になり,これは地上まで到達する。ミューオンは人体を通過する際にイオンを生み出して化学結合を切断するが,人体に大きな害をもたらすほどのものではない。私たちが1年間に浴びる放射線の量(緯度によって異なる)は0.03レム程度で,胸部X線写真撮影2回分に相当する。

 

 しかし,大気圏外では,宇宙線の照射は強烈だ。毎秒,爪の先ほどの面積につき約1個の陽子または重粒子が通過し,人体全体では合計で毎秒5000個のイオンが通過する。それぞれのイオンは化学結合の切断を起こし,大気圏で起こるのと同様のサイクルをスタートさせる。宇宙線に含まれる比較的少数の重粒子は,陽子と同等またはそれ以上のダメージをもたらす。化学結合を切断する能力は,電荷の2乗に比例するためだ。例えば,鉄の原子核は陽子の676倍のダメージをもたらす。この放射を1週間や1カ月浴びても重大な結果にはつながらないが,2~3年がかりの火星旅行となれば話は別だ。米航空宇宙局(NASA)の推定では,宇宙線により,1年間で宇宙飛行士の体内のDNAの約1/3が切断されることになる。

著者

Eugene N. Parker

星間ガスと磁場の専門家。1958年に太陽風仮説を提唱し,存在を示したことで知られている。太陽から活発に粒子が出ているというこの説は当時としてはあまりにも斬新過ぎて,Astrophysical Journal 誌は危うく却下するところだった。パーカーは太陽磁場についても,磁力線のつなぎ替えを含む現代的な理論を打ち立てた。シカゴ大学名誉教授で,米国科学アカデミーのメンバー。全米科学栄誉賞,米国天文学会のヘンリー・ノリス・ラッセル賞,京都賞など数々の賞を受賞している。

原題名

Shielding Space Travelers(SCIENTIFIC AMERICAN March 2006)

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