日経サイエンス  2006年6月号

ゲーデルを超えて オメガ数が示す数学の限界

G. チャイティン(IBMワトソン研究所)

 数学の論理構造は完璧──というのは実は幻想にすぎない。かつてゲーデルの「不完全性定理」がこの事実を示したが,いま注目されるのは「オメガ」という数だ。完全に定義でき,確定値を持つのに,決して計算しきれない数とは?

 

 ゲーデルは,数学が不完全であり,きちんと証明できないにもかかわらず正しい記述を含んでいることを示した。ところが「オメガ」という特別な数は,数学にさらに大きな不完全性が存在することを明らかにした。有限個の公理をいかに組み合わせても証明できない定理が,無数にあるのだ。したがって数学の「万物理論」はありえない。
 
 オメガは,あるコンピューターに関して考えうるすべてのプログラムの集合から1つのプログラムをランダムに選んだ時,そのプログラムがいずれ停止するものである確率だ。完全にきちんと定義され,決まった値を持つ。しかし,どんな有限プログラムを使っても,オメガのすべての桁の値を計算し尽くすことは不可能。言い換えると,証明不能な数学的事実が無数に湧き出る泉のようなものだ。
 
 この特性は,数学者が新しい公理をもっと仮定してよいことを示している。物理学者が実験結果をもとに論理的証明のできない基本法則を導くのと同様だ。
 
 これら一連の結果は「アルゴリズム的情報理論」に基づいている。ライプニッツは300年以上も前にアルゴリズム的情報理論の多くの考え方を予想していた。

 

 

再録:別冊日経サイエンス172「数学は楽しい Part2」


著者

Gregory Chaitin

IBMワトソン研究所の研究員で,ブエノスアイレス大学の名誉教授,オークランド大学の客員教授でもある。コルモゴルフ(Andrei N. Kolmogorov)とともに,アルゴリズム的情報理論という新領域を切り開いた。9冊の著書があり,一般的な本としては『セクシーな数学』(2002年,邦訳は2003年)や『Meta Math!』(2005年)がある。数学の基礎について考えていない時は,ハイキングや雪山歩きを楽しんでいる。

原題名

The Limits of Reason(SCIENTIFIC AMERICAN March 2006)

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