日経サイエンス  2006年6月号

海洋酸性化の脅威

S. C. ドニー(ウッズホール海洋学研究所)

 1959年,カリフォルニアのスクリプス海洋研究所の地球化学者,ルベール(Roger Revelle)とスース(Hans Suess)は,「今後50年で,産業活動によって大量の二酸化炭素(CO2)が放出される結果生じるとみられる,気候への影響をよりはっきりと理解する」ために,大気と海洋中のCO2濃度を測定する必要があると指摘した。つまり,彼らは50年後の現在がいかにひどい状況になるのかを探ろうとしていたのだ。

 

 彼らが観測の重要性を主張しなければならなかったこと自体が,今では不思議に思えるかもしれない。だが当時の科学者は,排気口や煙突から吐き出されるCO2が本当に大気に蓄積されるのかどうかはっきりとはわからなかったのだ。吐き出されたCO2のすべてを海が吸収してくれる,あるいは陸上の植物が取り込んでくれると信じる研究者もいた。

 

 ルベールと,彼がプロジェクトのために採用した若い研究者キーリング(Charles David Keeling,故人)は,CO2の放出・吸収源から遠く離れた場所に観測機器を設置しないと,観測結果に影響が生じると気づいていた。彼らが選んだ場所の1つは,産業活動や植生からもっとも遠く離れた南極だった。もう1つはハワイのマウナロア山頂に新たに建設された気象観測所だ。

 

 マウナロアでの観測は(わずかな中断を除いて)1958年から今日まで続いている。南極大陸よりも人間の活動や植生の影響を受けるハワイでは,北半球の植物が成長する季節にあわせて,CO2濃度がはっきりとした上昇と下降を示すが,毎年末には1年前の濃度より必ず高くなっていた。

 

 まもなく科学者たちはルベールが正しいことを認識した。大気に放出されたCO2のほとんどは大気中にとどまることがわかったのだ。しかし,かなりの部分が最終的には海に取り込まれるだろうという点でも,彼の計算はやはり正しかった。また,海洋に取り込まれたCO2が海水の化学組成を本質的に変えてしまうことも,ルベールはずっと以前から見通していた。

 

 気候変動をめぐるある種の議論とは異なり,この結果として生じる海洋酸性化の実態については,あまり議論がなされていなかったが,その全容が今まさに明らかになろうとしている。

著者

Scot C. Doney

ウッズホール海洋学研究所海洋化学・地球科学部門の上級科学者。カリフォルニア大学サンディエゴ校の学部学生時代に海洋学の研究を始め,マサチューセッツ工科大学とウッズホール海洋学研究所による共同プログラムを修了した後,1991年に海洋化学分野で博士号を取得。そのほか研究活動として,米航空宇宙局のCO2観測衛星OCO(Orbital Carbon Observatory)科学チームに在職,米国全球変動研究計画に属する海洋炭素と気候変動の科学運営グループの議長を務める。

原題名

The Dangers of Ocean Acidification(SCIENTIFIC AMERICAN March 2006)

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