日経サイエンス  2006年6月号

「はやぶさ」の挑戦 小惑星探査時代の幕開け

川口淳一郎(宇宙航空研究開発機構)

 2006年3月中旬,米国ヒューストンで開催された月惑星科学者会議(Luner and Planetary Science Conference;LPSC)で日本の小惑星探査機「はやぶさ」に関する特別セッションが行われた。LPSCは月や惑星探査に関する国際会議の中でも特にレベルが高く,著名な科学者が集まることで有名な会合。この中で日本の惑星探査計画について単独のセッションが組まれたのは初めてのことだ。

 

 小惑星「イトカワ」の近傍観測を終え,着陸・離陸に成功したはやぶさが,その成果を直接世界に発表する初めての機会でもあり,私たちプロジェクトチームも期待をこめて臨んだ。開始時刻の午前8時30分には400人収容できる大きなホールが聴衆で埋めつくされた。名高い研究者たちが次々と質問に立ち,白熱した議論が進んだ。初めて見る観測データや精細画像を前に聴衆が静まりかえる瞬間もあり,昼までのセッションはあっという間に終わった。実際に観測し,データを手にした者だけが語れる迫力を聴衆に伝えることができたのだと思う。

 

 はやぶさは2003年5月にM5ロケット5号機で打ち上げられた。探査の目標は地球に接近する軌道を持つ小惑星の1つ,イトカワだ。小惑星は太陽系の形成過程で残った“破片”といわれ,その砂や岩は月や9つの惑星とは違い,約46億年前にできた当初からほとんど変化していないと考えられている。このため近距離から観測したり,砂や岩の化学組成などを分析すれば,地球を含めた太陽系惑星の起源解明に大いに役立つはずだ。

 

 はやぶさが目指したのは,その小惑星から試料を採取し地球に持ち帰る,「サンプルリターン」だ。これまで人類が試料を採取したことがある天体は月だけ。地球圏外の天体からのサンプルリターンは文字通り人類初の挑戦だ。サンプルリターンとは,その場(in-situ)観測と対をなす用語だ。欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機ロゼッタ(2004年2月打ち上げ)は,チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星近傍に分析装置を運び,現地での分析を目指しているが,はやぶさは試料を地上に持って帰る手法をとった。サンプルリターンで得られる試料は微量ではあるが,持ち帰った試料を地上の最新鋭の機器を使って調べるため,分析精度を上げて詳細に解析できるという利点がある。

 

 はやぶさが小惑星に行くためにメインエンジンとして採用したのは,電気を利用するイオンエンジンだ。マイクロ波によって駆動材のキセノンをイオンにし,このイオンを強力な電場で加速して高速で噴射し,その反動によって推進力を得るものだ。一般的な化学エンジン(燃料を酸化剤で燃焼させて推力を得る)が燃焼量を増やして推力を高めるのに対し,イオンエンジンではイオンの噴射速度を速めて速度増加量を大きくする。化学エンジンの燃焼量を増やすには多くの燃料が必要で,燃料の増加は探査機を重くする。小惑星など遠方の惑星へ飛行するには,燃費効率を上げるのが必須条件。このため機体の軽量化につながる高推力イオンエンジンの開発に,世界中の技術者がしのぎを削ってきた。これまでは耐久性が課題とされていたため,メインエンジンに採用されることはなかったが,私たちのチームは独自に工夫して,はやぶさに搭載した。

 

 はやぶさは,今の時代にはいささか難しすぎる挑戦をしてしまったのかもしれない。小惑星などの始原天体を本格的に探査するために必要な飛行技術のほとんどすべてに,はやぶさが挑んでいるからだ。長距離を燃費よく飛行するためのイオンエンジンの利用,地球スウィングバイ,微速ランデブー,現地での試料採取などを実行した。試料採取には成功したかどうかまだわからないが,粒子ではなくある大きさをもった試料(砂粒や岩の破片など)を小惑星から採る方法を世界中に提案し,実際にできることを証明してみせた。

 

 最近の諸外国の惑星探査機の特徴を見ても,はやぶさがいかに先進的なミッションに挑んでいるかがわかるだろう。計画があまりに挑戦的だったため,欧米の研究者から「無理ではないか」との評価を受けたこともあった。だが実際に,はやぶさは誕生し,ミッションを達成しつつある。将来これを塗り替える画期的な惑星探査が若い世代から提案され,実施されることを期待したい。

 

 はやぶさは,2回目の着陸後,探査機の上面から燃料もれを起こし,ガスの噴出で2回にわたって正常な姿勢がとれなくなった。このため地上との通信が一時不通となった。通信は回復したものの,化学エンジンは再起動できず,通常の姿勢制御ができない。このため,2007年6月に地球に帰還させる計画は変更せざるを得なくなった。小惑星の公転周期と地球の公転周期の最小公倍数である(会合周期)3年間,飛行時間を延長して2010年6月に地球帰還する計画に切り替えた。

 

 幸いにも飛行に使うイオンエンジン駆動用のキセノンガスは残量が十分あり,現在はこのガスをたよりに探査機の姿勢を保っている。今後さらなるガスの噴出がなければ,2007年2月からイオンエンジンを稼働させ,地球帰還の途につかせたいと考えている。

著者

川口淳一郎(かわぐち・じゅんいちろう)

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部教授。京都大学工学部を卒業後,東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。はやぶさによる世界初の小惑星サンプルリターン計画のプロジェクトマネージャーとして,約30人のチームを率いている。専門は探査機の飛行力学(アストロダイナミクス),姿勢・軌道制御,航法軌道決定論など。

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